次期学習指導要領の方向性とは
その方向性を一言で表せば、知識を身につけるだけでなく、身につけた知識を使って考え、判断し、表現し、学びを進めていく力を一層重視することです。
もっとも、これは次期学習指導要領で突然始まる方針ではありません。現行の学習指導要領も、育成すべき資質・能力を「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の三つの柱で整理しています。次期改訂で検討されているのは、この考え方を学校現場でさらに実質化することです。
【表1】「現行学習指導要領」と「次期学習指導要領の方向性」の相違点
文部科学省の論点整理では、個別の知識をばらばらに覚えるのではなく、教科における中核的な概念や方略を中心に内容を構造化すること、思考力・判断力・表現力を発揮する過程で知識の深い理解を促すことなどが示されています。つまり、「知識から思考力へ」という単純な転換ではありません。「知識を概念として理解し、異なる状況でも働かせられるようにする」ことが重視されているのです。
「暗記か思考か」という二者択一ではない
この点は、中学入試を考えるうえでも重要です。
「思考力が重視されるなら、暗記は必要なくなる」と考えるのは正確ではありません。思考するためには、その材料となる知識や技能が必要だからです。
理科の実験考察問題では、グラフや実験結果を読む力だけでなく、物質の性質や生物の仕組みなどの基礎知識がなければ、データの意味を理解できません。算数でも、計算技能や数量関係、図形についての概念理解がなければ、初めて見る「条件の問題」を解くことは困難です。国語の記述も、語彙や文法、文章構造についての理解が土台になります。
したがって、これから求められる力は、単純な「知識量+思考力」ではなく、より正確には「基礎知識・技能を、状況に応じて選択し、関連づけ、使う力」です。知識を捨てて思考力へ移るのではなく、(一問一答や丸暗記ではなく、概念理解を含んだ)知識の質と使い方がこれまで以上に問われる、と捉えるべきでしょう。
中学入試でも、文章、会話、図表、地図、統計、実験結果などの資料を提示し、必要な情報を取り出して考えさせる問題が広く見られます。ただし、学習指導要領が私立中学校の入試問題を直接規定しているわけではありません。各校が独自の教育方針と選抜目的に基づいて作問する一方、学習指導要領と中学入試が、ともに激しい社会の変化の中で生き抜いていける学びへの要請を反映している、と考える方が適切です。
では、今後の入試は学校によってどのように変化していくのでしょうか。以下では便宜上、学校を「難関校」「中堅校」「地域密着型の学校」の三つに分けます。ただし、これは公的な区分ではなく、学校ごとの実情にも大きな違いがあります。
難関校――「解法を知っているか」から「知識を組み替えられるか」へ
難関校では、受験生の多くが十分な知識と典型問題の解法を身につけています。そのため、知識問題を細かく、難しくするだけでは、学校が求める生徒を選びにくくなります。
そこで重要になるのが、初見性のある問題です。ここでいう初見性とは、何も知らなくても発想だけで解けるという意味ではありません。見慣れない条件や資料が与えられたときに、既知の原理や解法を選び、組み替え、筋道立てて結論を導けるかを試すものです。「この問題を以前に解いたことがあるか」ではなく、「条件や見かけが変わっても本質を捉えられるか」「本当にわかっているのか」が問われます。
例えば算数では、典型的な規則性や場合の数の問題に独自の条件を加える、複数分野の考え方を組み合わせる、途中の理由を記述させる、といった出題です。理科や社会では、未知の資料や実験結果を、基礎知識と結びつけて解釈させる問題が増えるでしょう。国語でも、字数の多い文章や複数の文章・資料を関連づけ、自分の言葉で説明する力が問われます。
【図2】初見の問題を解く力は何から生まれるのか
もっとも、入試問題が公開され、塾が対策を重ねれば、かつての初見問題もやがて典型問題になります。学校側はさらに条件や問い方を工夫し、塾側はそれを分析して教材化します。この循環が続くため、本当の意味での初見性を作り出すことは簡単ではありません。
それでも難関校が見極めたいのは、単に多くの解法を記憶した受験生ではなく、学んだことを異なる状況で働かせられる受験生でしょう。難関校は、中高6年間の高度な授業に対応し、将来さらに学力を伸ばせる素地を見ているのです。
こうした力は、その後の大学入試にもつながります。難関中高一貫校生の多くは、将来の進学先として最難関大やそれに準ずる国公立大を目指しています。大学入学共通テストでは、教科知識に加えて、長い文章や図表、統計などから必要な情報を読み取り、思考・判断する力が求められます。国公立大の個別試験では、条件を正確に把握し、論理を組み立て、記述によって伝える力が必要です。
中学入試でも大学入試でも、難関校で求められる力は同じなのです。
中堅校――教育方針と入試方式の結びつきが強まる
今後、変化が特に見えやすいのは中堅校の層でしょう。
この層には、大学附属校、進学校、英語・国際教育に力を入れる学校、理数・STEAM教育を重視する学校、ICT・情報教育に特色を持つ学校、探究学習や大学・企業との連携を進める学校など、多様な学校があります。
保護者の学校選びも多様化しています。大学合格実績は依然として重要ですが、それだけでなく、大学附属校で大学受験負担を抑えたい、海外大学も視野に入れたい、英語力を伸ばしたい、好きなテーマを探究させたい、部活動や学校行事も大切にしたい、通学時間や学費を抑えたい、といった様々な希望があります。
このため、中堅校の競争は、偏差値だけの競争から、「学校が提供する6年間の教育と家庭の価値観とのマッチング」を含む競争へと広がっていくでしょう。
もっとも、学校案内を見ると、どの学校にも「グローバル」「探究」「ICT」「STEAM」など似た言葉が並んでいます。その違いを読み取る手がかりの一つが入試問題です。
英語教育を重視する学校であれば、英語入試や英語資格利用入試を設けることがあります。探究学習を重視する学校では、資料を読み取って考えを記述させる問題、プレゼンテーション、グループ活動などを取り入れる場合があります。教科学力を入学後の進学指導の基盤と考える学校では、標準的な知識や典型問題を確実に処理できるか(【図2】の③まで)を重視するでしょう。知識や考え方を初見の問題に活用すること(【図2】の④)を求める学校も増えてくるでしょうが、難関校と比較するとその増加ペースは緩やかでしょう。受験者層の学力段階を上回る問題ばかり出題すると、受験者の得点に差がつかず、選抜機能が失われるからです。
また、4科・2科、算数1科、英語資格利用、適性検査型、総合問題型、自己表現型など、複数の入口を設ける学校もあります。これは多様な受験生を評価するためであると同時に、午後入試や特待生入試を含め、難関校にわずかに届かなかった受験生を確保するための募集戦略でもあります。
【表3】宝仙学園順天堂大学系属理数インター中の入試種類
その結果、「この学校の偏差値は50」と一つの数字で表すことが難しくなっています。同じ学校でも、入試日、募集コース、試験科目、午前・午後、特待選抜か一般選抜かによって難易度が異なります。出題傾向を変える学校もあります。また、プレゼンテーション型や英語型入試を、教科型模試の偏差値だけで評価することにも限界があります。
【表4】サレジアン国際学園世田谷中の偏差値例
ただし、偏差値の意味がなくなるわけではありません。教科型入試の合格可能性を判断するうえでは、今後も有力な指標です。大切なのは、偏差値を学校そのものの価値と同一視せず、どの模試の、どの入試回に対応する数値なのかを確認することです。
地域密着型の学校――「入りやすさ」ではなく成長可能性をどう見るか
少子化の影響を強く受けるのは、広域から多数の志願者を集める難関校より、地元の限られた範囲から生徒を募集している学校です。
出願者が減少すれば、入学者数や収入が減り、物価や人件費の上昇も重なれば、施設整備、教員配置、教育プログラムへの投資が難しくなる可能性があります。学校の系列校化・経営する法人の交代、募集停止、共学化、校名変更、コース再編などが進みやすいのが地域密着型校です。
【表5】2017年度以降共学化した都内私立中
しかし、「地域密着型の学校はなくなる」と一括りにすることはできません。明確な教育上の役割を持つ学校は、むしろ独自性を強める可能性があります。
例えば、少人数教育、小学校段階まで戻った丁寧な学び直し、きめ細かな学習支援、探究・英語・スポーツ・芸術など得意分野を伸ばす教育、不登校経験者を含めた多様な背景を持つ生徒への支援、海外進学や総合型選抜に向けた指導などです。
こうした学校にとって、入試問題をただ難しくすることには大きな意味がありません。入学時点の完成された学力だけでなく、基礎的な読む力、書く力、計算力、学習意欲、他者と関わる姿勢、学校の教育方針との相性などを見ようとするからです。いわば「現在の基礎力と、入学後の成長可能性」の両方を評価する入試です。
「中学受験勉強で疲弊し、学習意欲や自己肯定感が低下している子よりも、中学受験勉強はしていないが、小学校で学ぶ基礎学力と学習意欲の高い子に入学してほしい」と、特に中学受験対策をしていなかったような子が解ける入試問題を用意している学校もあります。これは、受験生の裾野を広げるための募集戦略でもあります。実際、いわゆる補習塾や英会話教室にまで学校紹介のために訪問する中学校もあります。「得意な教科やものごとを一つ持っている子は、中高6年間かけると他の教科でも伸びる可能性がある」と、ある地域密着型校の学園長が仰っていました。
中央教育審議会の教育課程企画特別部会「審議まとめに向けた検討」でも、「「『好き』を育み、『得意』を伸ばす」重要性が増している。」と明記されていることからも、算数や国語の1科入試、英語、作文、面接、プレゼンテーション、活動経験の申告などによって、特定の得意分野や意欲を評価する学校が、さらに増える可能性があります。
入試という短時間の選抜で、これらを正確かつ公平に測ることは容易ではありません。だからこそ、保護者は、新しい形式を採用しているというだけで判断せず、「何を、どの基準で、どのように評価しているのか」を学校説明会等で確認する必要があります。
受験勉強も二層構造になる
入試問題が変われば、受験勉強にも変化が生じます。
従来型の「授業を受ける、知識や解法を覚える、問題演習を重ねる、模試で確認する」という学習は、今後も必要です。漢字、語彙、計算、基本事項、典型問題を正確かつ速く処理する力なしに、難しい問題へ進むことはできません。
そのうえで、(特に難関校を目指す場合には)【表1】にある通り、初見の資料を読む、問題の条件を整理する、複数の知識を関連づける、理由を記述する、解答後に別解や誤りの原因を考え振り返る、といった学習が一層重要になります。
したがって、これからの受験勉強は、「すらすらできるまで知識・技能を習得し、自動化する学習」+「知識・技能を新しい場面で活用する学習」という二層構造になります。
大量演習が無意味になるのではありません。同じ形式を漫然と繰り返すだけでは対応できない問題が増えるため、演習後に「なぜこの方法を選んだのか」「条件が変わったらどうなるか」まで考えることが重要になるのです。
偏差値だけでは見えない時代へ
少子化によって、12歳人口の中長期的な減少は不可避です。ただし、それだけを根拠に「中学受験は易しくなる」と結論づけることはできません。受験率、地域、学校人気、大学附属校への需要、共学校志向などによって、競争のあり方は年々変わるからです。
受験生が減っても、難関校や特定の教育的価値を持つ学校に志願者が集中すれば、競争は維持されます。一方で、定員確保が難しくなる学校も生じます。少子化は、すべての学校に同じ影響を与えるのではなく、学校間の差を拡大させる可能性が高いのです。
難関校では、基礎知識を前提に、初見の条件へ対応する思考力、論理性、記述力が一層重視されるでしょう。中堅校では、大学附属、英語、探究、ICT、理数教育などの特色と、入試方式との結びつきが強まります。地域密着型の学校では、基礎力に加え、意欲や得意分野、入学後の成長可能性を見いだす選抜が重要になります。
ただし、これは固定された三層ではありません。教育改革や進学実績によって人気が高まり、中堅校から難関校へと位置づけを変える学校もあります。反対に、かつて人気の高かった学校が募集に苦戦することもあります。学校の位置は動き、入試問題もそれに応じて変化します。
【図6】過去30年間の偏差値推移例
※偏差値はONETES(旧首都圏模試センター)の合格可能性80%偏差値。1997年:晶文社「首都圏中学受験案内97」、2007年(2008年資料内の2007年結果を参照)と2017年:首都圏模試センター「中学入試結果偏差値」、2027年:女子7月版2027年中学入試予想偏差値(合格可能性80%)をもとに東京個別指導学院が作成。なお、2017年は洗足学園の第1回、山脇学園のA入試の数値を採用。
保護者に必要なのは、「偏差値55か60か」という比較だけではありません。
「この学校は、子どもに6年間で何を身につけさせようとしているのか」「入試問題は、学校が掲げる教育方針と一致しているか」「その環境は、わが子の性格や得意・不得意に合っているか」「学費や通学時間に見合う教育を受けられるか」「大学合格の先まで見据えた成長につながるか」。こうした問いを重ねる必要があります。
次期学習指導要領が目指しているのは、知識を軽視する教育ではありません。確かな知識を持ち、それを使って未知の課題に向き合える人を育てる教育です。中学入試も一様ではないものの、同じ方向を映し出す問題が増えていくでしょう。
少子化によって受験生の総数が縮小する一方、入試方式と学校選択は、むしろ複雑になります。これからの中学受験では、偏差値表の順位を見るだけでなく、入試問題を学校から受験生へのメッセージとして読み解くことが、これまで以上に重要になるのです。

