イノベーションは
会話から生まれる

松岡利昌
日本オフィス学会会長 松岡総合研究所 代表取締役/経営コンサルタント 1959年生まれ。慶應義塾大学卒業。米国ハーバード大学留学を経て、慶應義塾大学大学院修士課程修了(MBA取得)。外資系コンサルタント会社を経て91年に独立。美術、建築、デザインの知識と経営戦略支援の実績との融合を目指し、企業経営戦略の視点による「日本的ファシリティマネジメントコンサルティングサービス」を行っている。京都工芸繊維大学大学院特任准教授。

 日本では、企業に限らずワーカーもまた、真面目で勤勉で、そして保守的である。ABWからウェルビーイングに至るオフィスを受け入れる土壌があるのだろうか。松岡氏によれば、すでにABW導入によって成功を収めた企業があるという。

 あるゲーム会社は、スマートフォンに対応した新しいゲームの開発が急務だった。そこで、オフィス移転を機に、ABWを導入。旧オフィスにあったパーティションで区切られた個人空間を廃したオープンオフィスで、従来の“こもる”働き方から“交わる”働き方へと変換を図った。無駄だと思われるほどの幅3メートルを超える中央通路の壁面はホワイトボードとして使えるようにし、多過ぎると思われるほどの200を超えるオープン/クローズのさまざまな会議室、300平方メートルのカフェラウンジ、畳エリアもあり多くの観葉植物を置いたグリーンラウンジなど、人が自然と集まり、移動の際の偶然の出会いから打ち合わせやミーティングに発展していけるような場所を幾つも設けた。

「会話のないところにイノベーションは生まれない」と松岡氏は言う。実際、このオフィスでは、クリエーターの働き方が一変した。オープンな会議スペースで行われていたミーティングの行き詰まったテーマを通り掛かりの他チームのクリエーターが解決したり、立ち話で始まったブレストに多くの人が注目したり、必要とする知恵やアイデアが集約と拡散を繰り返した。そして、そこから生み出された新たなゲームが、大ヒットするという結果へとつながった。

 当初、経営陣は無駄と思われるスペースばかりの新たなオフィスプランに猛反対した。それを根気よく説得して実現させたのは、1人のファシリティマネジャーの強い意志だった。コアビジネスを理解し、経営戦略的な視点からオフィスを企画・管理・運営するファシリティマネジメントの重要性がよく分かる事例である。

「オフィスが変われば、そこで働く人は会社の方針を理解し、仕事に対する認識が変わる。つまり、オフィスはイノベーションを起こす触媒として働き、加速装置になる可能性を秘めている。オフィスづくりは投資であり、戦略的投資を行っている企業は、すでにオフィスに価値を見いだしているはずだ」と松岡氏は語る。

「経営者にオフィスを変えるという強い意識がなければオフィス改革は実現できない」。中村会長の指摘は重いが、日本のオフィスが遅れていることは、実は幸運なのかもしれない。経営者の手には、会社を飛躍させるためのオフィス改革という切り札が残されているのだから。