ベストプラクティス・アプローチからの脱皮

木山 ベストプラクティス・アプローチという、業界で最も成功した事例を抽象化あるいはテンプレート化し、それを適用すれば、いい会社になるはずだというやり方があります。

武井 ベストプラクティスで成功した企業は、その企業の歴史的背景や人の組み合わせなどの固有の変数が「構造レベル」にあって、その上にベストプラクティスがあった結果、成功したと考えられます。「現象レベル」と「構造レベル」で分けて考えると、ベストプラクティスを別の会社にそのまま適用しても「構造レベル」が異なればおのずと異なる結果が出てくることがわかります。

木山 怖いのは、ベストプラクティスをどのレベルで捉えるかということですね。

武井 「構造」ベースの全体・長期最適指向の改革は、成功体験の否定になることが多いため、さまざまな抵抗が大きくなります。

木山 しかし、それこそが改革なのですね。

武井 せっかくの改革の意欲が空回りしないためにも、どこをどのように改革しようという前に、課題を適切に捉えるアプローチが必要です。『ビジネス構造化経営理論』は、そうした局面で大きく貢献できる考え方なのです。

「企業と顧客の間の営み」を鮮明に把握すること

木山 『ビジネス構造化経営理論』を実践しようとした場合、具体的にはどういったアプローチが有効なのでしょうか。

武井 例えば、「開発した新製品をなんとか捌かなければならない。急いで購入してくれるお客様を見つけなければ投資が回収できない」「商品ごとに責任者を配置し、計画したビジネスプランを早期に達成しよう」——、こういったやりとりはよく聞かれます。

木山 昨今、どの企業でも起こっているでしょうね。

武井 こうした場合、「製品の機能や性能が、顧客のどのような関心事に適応しているか」という分析が不十分なことが多いようです。

木山 顧客に提供する価値の定義が、十分なされていないと?

武井 顧客要求を分析するにあたって、最近「サイコグラフィカル」なアプローチが採用されるようになってきましたが、このアプローチは「ビジネス構造化」において最も重要な切り口である、顧客への「価値ケース」を具現化する1つの手段です。

木山 「顧客」と「商品」を関係づけて、できるだけ論理的に分類するのですね。

武井 はい。それだけで、ビジネスの基点であり終点でもある、すなわち「企業にとってのビジネス基点」である「企業と顧客の間の営み」を鮮明に把握することができます。つまり、顧客要望と製品のミスマッチを小さくでき、事業計画の達成確率が向上するのです。

正確性と効率性の高い「視える化」を

木山 事業変革の現場では、「共通化できる業務が、職場ごとに区々となっている。しかも、経営指標データも現場責任者の言いなりで決めているようだ」「現場の仕事の仕組みがよくわかるように、『視える化』して正確性と効率性を確保してほしい」——、このような声もよく聞かれます。

武井 問題は業務の仕組みをそのままに統制の仕組みをとり入れようとしている点でしょう。その点が解消されないと、統制上重要な命令系統がスパゲッティ状になってしまい、至るところに重複と断絶が生じます。また統制ポイントも、経営戦略上の優先順位をつけなければ「統制のための統制」となり、経営は非効率に陥ります。

木山 これらを回避するために、ビジネス構造化アプローチはどのように適用すべきでしょうか。

武井 顧客への「価値ケース」に根ざした、しかも構造化された業務プロセスを構築し、株主への「価値ケース」を最適化するための統制ポイントを明示することが大切です。その上で、これらの状況を論理的に表現することです。

木山 なるほど。「視える化」とは、この「論理的に表現する」ことを指すのですね。

武井 『ビジネス構造化経営理論』が定義する諸図表や様式は、統合性と網羅性を兼ね備えています。この記述方式に準拠すれば、業務の共通化は「水平サブプロセス」として抽出できますし、統制ポイントの明示化により中間管理層の恣意的データ作成は排除することができます。きわめて有益性が高いと言えます。

継続的変革を実現するために

武井 「経営はリーダーの才覚で決まる。したがって後任の社長は、会社(私)の理念だけを十分理解している者が適任だ。組織や経営管理方法については、新社長の考えに合わせたものにすればよい」——、後任社長の人選ではこのようなコメントがよく聞かれます。

木山 経営において天才的なひらめきを見せた創業者も、後継者不足には悩んでいますね。

武井 経営の仕組みを構造的に表現する手法を持ち合わせていないため、理念と現象(具体的案件)の口頭伝承となっているのはよくあることです。その結果、伝言ゲーム現象が起こり、社長の引き継ぎを経るたびに初心から遠ざかっていってしまいます。

木山 それでは、継続的な企業変革はできません。

武井 伝統的企業では、調整能力に長けた人材が社長となることが多く、変革リーダーが誕生する機会が少なくなっています。論理的かつ体系的な指示を出せない前任社長の、その意を汲んで伝承することが「継続性」を保つ唯一の方法となっているからです。

木山 構造的に理念を継承することが、重要なのですね。

武井 はい。経営の目的や経営者の意思が、理念的に唱えられるだけでなく論理的かつ構造的に表現できれば、意図の継承は効果的であり、継続的変革が可能となります。さらにステークホルダーにとっては、経営戦略を構造的に理解できるので意見が言いやすくなり、結果として経営にダイナミズムと深みが増すのです。

「ビジネス構造化」の必然性と、その適用対象

武井 事業の継続性を考えた場合、「変化」を「何がどのように変わっていて、その原因は何か」という視点で捉えなければなりません。ビジネス構造化アプローチでもそれが端緒となります。

木山 変化が正しく捉えられても、「経営資源」や「ステークホルダー」をどのように置けば良いのかは難しいことだと思います。

武井 その変化に重要なステークホルダーを絞り込み、それらとの間での「営み」を規定します。この「営み」は、重要ステークホルダー間で共通に認識できるものでなくてはなりません。さらに、「経営資源」を効率よく活用しながら、その変化のなかで「適正利潤」を得ていきます。

木山 その関係性を適切に捉えることが重要だということですね。

武井 「変化」「ステークホルダー」「営み」「経営資源」「適正利潤」の相互関係を調和させていかなければなりません。そして、さらに掘り下げて構成要素と相互関係を抽出していくと、自然と『ビジネス構造化経営』の結論にたどり着くことがおわかりいただけるでしょう。『ビジネス構造化経営』は、これまで積み重ねられてきた経営理論や実践的知見などを統合したものであり、フレームワーク思考、仮説思考そして抽象化思考を繰り返すことにより必然的に到達した理論です。『ビジネス構造化経営』を、抜本的経営変革、グローバル事業への進出、IFRS構造変革、人材開発などの重要経営課題の解決に適用すれば、経営戦略と合致(目的指向)し、顧客と株主を重視(全体最適)した、そして組織の存続(継続性)につながる、納得性の高い方向性を発見できると確信しています。