毎秋のノーベル賞発表の時期になると、日本人はソワソワする。もはや賞の常連であるほど、日本の科学技術の水準は高い。その知を育む理工系大学は、就職難の時代にあっても有為な人材を社会に送り続けている。理科離れがいわれる子どもたちが日本の科学技術継承者となるにはどんなサポートが必要か。サイエンスコミュニケーターの内田麻理香さんに聞いた。
子どもたちの理科離れが問題視されて久しい。原因は「詰め込み式の受験教育」といわれたり、「ゆとり教育」で授業数が削減されたことに起因するのではとも言われるが、定かではない。
内田麻理香さん 東京大学工学部、同大学院修士課程修了。同大学院学際情報学府文化・人間情報学コース博士課程に在籍。科学と社会をつなぐコミュニケーションについて研究する傍ら、身近な実生活に科学の考えを持ち込むことで科学技術への関心を高める活動を展開している。『科学との正しい付き合い方──疑うことからはじめよう』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
政府レベルでの対策も練られ、各種助成金が設けられたり、科学技術をわかりやすく解説する専門職を設置するなどの動きも見られる。
子どもたちの理科離れの理由をサイエンスコミュニケーターの内田麻理香さんはこう見る。
「今の時代、科学技術を用いて新たにこれを作りたいという夢を持ちにくくなったことがあると思います」
科学技術が高度に発達した結果、想像できる限りの欲しいものがすでに揃ってしまっている。だから、科学に対して以前のようなワクワクする期待を抱くことが難しくなったという。
社会人の素養として
理系的思考に注目
一方、大学の理工系学部出身者に対する社会のニーズは根強い。特に今、「理系的思考が各方面から注目されています」と、内田さんは指摘する。
ここでいう理系的思考とは、自分の頭で考えてから正否を判断する健全な批判精神とでもいうべきもの。
そもそも理工系の研究は、数ある事象のなかから法則を見出し、その法則が他の事象にも当てはまることを確かめていくプロセスにほかならない。事象に通底する、あるいは事象の上位概念となるメタ知識を見出すのである。
「理工系学部で研究を行うと、おのずからクリティカルシンキングやロジカルシンキングの手法を獲得できますね。また、自ら課題を設定して多様なアプローチを試み、解決して記録するという研究プロセスによって、他の分野でも有用なスキルを習得できると思うのです」(内田さん)
このため理工系学部出身者は、「たとえエンジニアの道を選ばなくとも、“デキル人材”として評価されるケースが少なくない。こうした面にも目を向けてほしい」と内田さんは言う。
科学への素朴な関心を
温かく見守って
では、わが子を理工系学部に進学させるにはどうすればいいか。「好奇心が旺盛な子どもたちは、もともと科学が好き。その気持ちを温かく育んでください」と内田さん。
じつは内田さんは、知人からこんな話を聞いたという。科学博物館のある展示の前で父が子に、「これは学校で習っただろう。どういうことなのか説明してごらん」と声をかけていた。
「せっかく博物館を訪ねたのに、口頭試問のようなことをされては、かえって科学嫌いになりかねません。どうしてこうなるんだろう、おもしろいな、といった、科学に対する素朴な関心を親は大切にしてあげたいものです」(内田さん)
ある宇宙飛行士は、旧日本海軍の戦艦を改造して宇宙へ旅するアニメを見て宇宙を志したと明かしていた。内田さん自身も、大人気アニメに登場した“スペースコロニー”を実現したいとの思いを抱き続けて、理工系学部に進学した。
「大人には荒唐無稽に思える夢も、進路を決め、それを実現する原動力になるものです」
とはいえ、受験準備で理工系科目の習得に悩むケースは少なくない。「数学や理科は、単元ごとに完全に理解していくことは簡単ではありません。単語や構文を積み上げることで結果が出る英語などとは、この点で異なります。でも、学習を重ねるにつれて、どこかでさまざまな知識がつながって全体像を理解できる瞬間が訪れます。早々に諦めるのではなく、長い目で見守ってみてください」という内田さん。
ひと口に理工系学部といっても、大学によって多様な学部・学科が設定されている。学びのなかにワクワクするような楽しみを見出し、専門知識はもとより、生涯にわたって強みとなる理系的思考を獲得する。そんな進路について親子で考えてみてはいかがだろうか。