最近人工知能(AI)が世界的にブームになっている。だがその可能性を正しく理解している人は少ない。人工知能は、世界の産業や社会に、さらには日本の中堅企業にどのようなインパクトを及ぼすのか。人工知能の“カリスマ研究者”である東京大学大学院・松尾豊准教授に聞いた。

東京大学
大学院工学系研究科
技術経営戦略学専攻
専門:人工知能
松尾 豊 特任准教授

まつお・ゆたか 1975年生まれ。97年東京大学工学部電子情報工学科卒。2002年同大学院博士課程修了。博士(工学)。産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て現職。日本トップクラスの人工知能研究者の一人。

 人工知能はディープラーニングによって急速に進展する可能性があり、それはトランジスタの発明以来の衝撃だ、と東京大学大学院工学系研究科の松尾豊准教授は言う。従来の人工知能の研究には限界があった。人工知能のプログラム自身が学習する仕組みを機械学習というが、その機械学習の入力に使う変数(特徴表現)は、人間が頭を使って一生懸命に考えるしかなかった。

 「ある動物がゾウかキリンかシマウマかネコかを見分けるのは人間にはとても簡単ですが、画像情報からこれらの動物を判定する特徴を見つけ出すのは、コンピューターには極めて難しい。だがもしコンピューター自らが、“何を特徴表現とするか”を獲得し、それを基に画像を分類できるようになれば、機械学習における限界をクリアできる。ディープラーニングはそれを可能にするもので、これまで人間が介在しなければならなかった領域に、人工知能が一歩踏み込んだということなのです」と松尾准教授は説明する。

 ディープラーニングは、多階層のニュートラルネットワークを使った機械学習の仕組みである。脳の構造と同じような階層的なモデルを使って学習させるもので、基本的には簡単な関数を組み合わせて複雑な関数を作り、高度な特徴表現を自動的に獲得することで、精度の高い判断を可能にする。こうした機械学習のアルゴリズムが高度化すれば、人間の知能を凌駕する人工知能が登場してもおかしくはない。

画像認識とディープラーニングで
コンピューターが「眼」を持つ

 では人工知能の進展で、社会や産業はどのような影響を受けるのだろうか。

 松尾准教授は、「人工知能が人間を征服するといった話ではなく、社会システムの中で人間に付随して組み込まれていた学習や判断を、世界中の必要な所に分散して設置することで、より良い社会システムをつくることができる。それこそが、人工知能が持つ大きな可能性だと考えています」と語る。

 今、ディープラーニングにより画像認識の技術が飛躍的に進歩し、コンピューターが見たものを認識できる「眼」を持つようになった。Googleはディープラーニングによる「眼」を搭載した人工知能にYouTubeの動画を見せ続けることで、コンピューターが“ネコ”といった動物の特徴を自律的に獲得し、識別できるようになることを実証している。以前の画像認識の分野では、こうした認識をコンピューターにさせたければ、識別する対象の特徴を、一つ一つ手作業で教える必要があるということが通説であった。そのため、「眼」の発明によりこうした作業が不要になったことは大きな進歩である。動画の認識精度が向上すれば、防犯カメラによる不審者の特定が容易になって犯罪検挙率が向上し、医療現場では人工知能によってレントゲンやCTの画像を基にした自動的な診断が可能になる。