表 数値から見た経営の健全性 A、B、Cの3社は、表面上はともに売上高100億円超の高収益モデルを構築しており、損益計算書での数値にはほとんど違いがない。ところが、資金の面で見ると、A社の営業活動にかかる資金、つまり狭義運転資金は、回転期間が789日と、B、C社に比べ異常な水準となっている。A社は多額の資金不足を事業特性と説明していたが、説得力がないことはB、C社と比較しても明らかだ。A社に粉飾がなかったとしても、事業の継続性に疑問を持つべきだったと考えられる。(出典:松田修一教授)
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 右の表で、当時のA社と業態の似たB社、C社の経営数値を比較した。「売上高や営業利益を見る限り、規模を含めて3社に大きな違いはありません。しかし、BSではA社の有利子負債の大きさが際立っています」と、松田教授は解説する。

 また、「注目すべきは狭義運転資金です。回転期間を見ると、A社はじつに789日。売掛金の回収に2年以上かかることになり、経営効率が著しく悪いことを示しています」。このような本来の姿を見逃した監査法人(この場合共同事務所)、証券会社、証券取引所など関係者の責任は重いと、松田教授は考えている。

厳密な管理と
スピーディな対応

 この事例から得られる教訓は多い。「外見上しっかりとした経営陣や社外取締役、監査法人などが入っていてガバナンスの体制が整備されていても、粉飾が生じるケースがあることがわかりました。債権・債務管理は、それぞれの企業がしっかりとした自覚とチェック体制、ノウハウをもって当たらなければなりません」。

 このような事例を見るにつけ、企業にはより厳密な債権・債務の管理が要求されることがわかる。「取引先等の与信管理では、もちろん経営の安定性に注目しなければなりません。特に借り入れについては、短期資金だけでなく、コミットメントラインなどを活用した長期安定的な資金が入っているかがチェックのポイントになります」と、松田教授は注意を促す。

 さらに、「サプライチェーンが長く複雑になっている今、自社がそのどこに位置しているのか、チェーン全体からどんな影響を受けるのかを、きちんと把握することも重要です」。同様のチェックは、取引先企業に対しても行いたい。とはいえ、膨大な企業データを自社ですべて管理するには限界がある。状況の変化にも素早く対応するための体制づくりが求められる。

 一方で、自社の財務力強化も見逃せない課題だ。「セグメント情報など、開示の対象や内容がより詳細になってきました。そうしたなかで、企業としての信用力を高めるには、やはり財務力の強化が不可欠です」と、松田教授も言う。売掛金などの債権について、確実・早期に回収するなどの取り組みも大切になろう。

「海外も含め、本格的なM&Aの時代が到来しています。時価評価会計など、日本企業にとっては厳しい変更を迫られていますが、PLだけでなく、BSの内容の充実に努めていくためのターニングポイントにいるのだと思います」と松田教授は締めくくった。