長期的な価値を社内に理解してもらうために必要なこと

池田 今回のプロジェクトは、海洋保護という長期的な社会価値と、商品プロモーションという短期的な経済価値の両立を図るミッションかと思います。前者については、その重要性を理解しつつも、企業の動きは鈍いのが現実です。社内の同意を得るために、何か工夫されたことはありますか。

大山 異なる2つの時間軸で形成される価値が「日焼け止め」によって実現する構造を明確にしたことですね。肌と海を守るという活動が当社の利益につながる戦略だということを説明しました。

 営利企業の取り組みである以上、セールスに良い影響をもたらすことは当然です。そこで、今回の取り組みを始めるに当たり、重視したのは展開する地域の絞り込みです。私たちが米国でスタートを切ることにしたのは、市場のスケールとサーフコミュニティの広がりから、ここなら短期的な成果が見込めると判断したからです。何より地域担当から「サーファー、海、日焼け止め」というコンセプトに高い期待と強い共感を得られたことが大きかったです。重層的な取り組みをシンプルなメッセージにしたことが、社内の同意を得られたポイントだったと思います。

 また、レイキー選手とサージ選手の2人のマーケティング上の役割も重要でした。KOLとしてSNS上でのプロモーションにも積極的に協力してもらい、それが商品の直接的な売り上げにもつながったことは間違いありません。

池田 日本ではコミュニティを1つの宣伝媒体として捉えることはあっても、戦略設計や製品開発など、バリューチェーンの上流に位置付けるケースは少ないと思います。このプロジェクトでは、ブランド作りや製品開発の部分にコミュニティの価値を置かれているように感じます。

大山 ご指摘の通り、本プロジェクトでは、資生堂がサーフコミュニティの一員であることをマーケティングしていくものです。ただ、私たちの顧客がそのままサーフコミュニティというわけではありません。サーフィンはやっていなくても、カノア選手のようなスタイリッシュな選手に憧れて商品を使う人もいれば、海の近くに住んでいなくても、サーファーが使う商品だったら大丈夫だろうと使う人もいます。コミュニティの一員としての活動は、社会にアプローチする最初の手段であり、そこで得られたものをコミュニティとその先にいる顧客に還元していくことを意識して進めていきたいと思っています。

コミュニティ中心のマーケティングが長期と短期両方の価値をもたらす
池田 純
早大卒業後、住友商事、博報堂勤務などを経て2007年に株式会社ディー・エヌ・エーに参画。2011年横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任。2016年まで5年間社長をつとめ、コミュニティボール化構想、横浜スタジアムのTOBの成立をはじめさまざまな改革を主導し、球団は5年間で単体での売り上げが52億円から110億円へ倍増し黒字化を実現した。退任後はスポーツ庁参与、明治大学学長特任補佐、日本ラグビーフットボール協会特任理事などを務め、2019年3月にさいたま市と連携してスポーツ政策を推進する一般社団法人さいたまスポーツコミッションの会長に、翌2020年3月にはB3リーグさいたまブロンコスの経営権を取得し取締役にも就任した。また、現在有限会社プラスJ(https://plus-j.jp/)では、世界各国130以上のスタジアム・アリーナを視察してきた経験をもとに「スタジアム・アリーナミシュラン」として、独自の視点で評価・解説を行っている。著書に『常識の超え方』『最強のスポーツビジネス』(編著)など。
Photo:Yumiko Asakura