コンテンツへの接触時間は
限られている

 ではこれから、エンターテインメントを含むメディアのあり方は、どう変化していくのでしょうか? メディアとの接触時間は経済発展とともに急激に増えます。しかし、そもそも論としては、人間には1日24時間しか与えられていないので、頭打ちになります。“ながら見”をしてでも、1日350分程度が限界だといわれています(グラフ参照)。つまりメディアが変わっても、コンテンツへの接触時間は、これ以上増加することはないのです。であれば、それに接することによって、暮らしや人間性、思想や経済力や教養が、よりよくなるようなコンテンツと接触すべきなのです。

 個人的には、楽しいことなら、どんなトラック(メディア)に載せられてきてもうれしいものです。私は雑誌編集者を長く務め、紙メディアにどっぷりだったのですが、テレビの有料放送にはできた当初から加入しています。今は、Huluを使ったり、音楽もMacBook AirからDACを通して1930年代に開発された真空管を使ったアンプで聴いていたりします。結局、装置から流れてくる音楽が、楽曲として心を揺さぶりリラックスさせてくれることが大事なわけで、そこから得られる価値あるコンテンツが大切なのです。

“コンテンツ狩猟民”
として生きる!

 アフリカのある部族では、生まれたときに自分の寿命を設定して、逆算して年齢を数えるのだそうです。それに従うと、私の場合はあと25年くらいしかコンテンツを受容できない。ならば、自らすてきなコンテンツを狩りにいく、コンテンツ狩猟民として残りの人生を生きたいと考えています。ですから、多様化する有料放送や、専門チャンネルは、そのコンテンツ狩猟にはもってこいなのです。

 メディアの多様化、デジタル化は、人生を豊かにするコンテンツを受容しやすくしてくれる魔法だと捉えています。魔法の術を解き明かすよりも、魔法によって得られる人生の果実を味わいたいのです。特に年末年始は、コンテンツへの接触時間が、普段よりも多く取れる時期。皆さんも“コンテンツ狩猟民”として、質のよいコンテンツを、思い切り楽しんでみてはいかがでしょうか。(談)