人生100年時代、年を重ねても豊かに暮らせる住まいとは? シニア世代にも、親の介護が頭をよぎる現役世代にも気になるこの問いに、「笑って暮らせる環境が一番!」と明快に答えてくれたのは、関西在住の医師であり、1994年に大阪で発足した「日本笑い学会」の創立メンバーにして副会長の昇(のぼり)幹夫氏だ。昇氏に、関西流の充実したシニアライフのヒントを聞いた。
昇 幹夫氏
のぼり・みきお/1947年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒業後、麻酔科、産婦人科の専門医に。82年より大阪府在住。現在、産婦人科診療をしながら笑いの医学的効用を研究。『最新版 笑いは心と脳の処方せん』(二見書房)、『笑って長生き―笑いと長寿の健康科学』(大月書店)、『泣いて生まれて笑って逝こう 改訂版』(春陽堂書店)など著書多数。
「関西で暮らしていると、至るところに、『笑い』の文化が根付いていることを実感します」
楽しげにそう話すのは、日本笑い学会副会長の昇幹夫氏。出身は九州だが、関西に生活の拠点を移してはや40余年。76歳になった今でも現役の産婦人科医として活躍する傍ら、「笑いと健康」の研究に打ち込み、その成果をユーモラスな語り口で伝え続けている。元気の秘訣は、ズバリ「笑い」だ。
「子どもの頃は『人さまに笑われるようなことをするな』とよく言われましたが、関西では、人に笑われてナンボ。今では四六時中、どんな冗談を言おうかと考えていますから、頭もよく働きますし、おかげでとても健康です」と昇氏。実際に、笑いがもたらす健康効果はさまざまな角度から実証されている。
よく笑う生活で
免疫力のスイッチオン!
「漫才や落語を聞いて笑うだけで、糖尿病患者の血糖値が下がったり、ストレスホルモンのコルチゾールが減ったりすることは実験で確かめられています。また、遺伝子工学の世界的権威である故・村上和雄先生は、笑いが特定の遺伝子を活性化させることを突き止め、それを『笑うと遺伝子のスイッチがオンになる』と表現しました。逆に、怒りや悲しみなどの強いストレスがかかった人の腸内を腹腔鏡で観察すると、苦しそうにのたうち回っています。体と心はしっかりつながっているのです」
昇氏が「笑い」の健康効果に目覚めたのは40代の働き盛りの頃だ。「笑いを学問として先駆的に研究されていた関西大学名誉教授で当学会顧問の井上宏先生の著作に出合って、笑いの力に開眼しました。考えてみれば、笑うことは連続的に息を吐くことですから、体にいいのは当然ですね。当時は医師として『病気をなくす』ことばかりに躍起になっていて、健康増進の発想がありませんでした。しかし、笑うだけでも免疫力が上がって、病気そのもののリスクが減るのです。まずはよく笑って、人生を楽しむことが大事です。そう思って私自身、過労死寸前のハードワークをすっかり改めました」。そう話す昇氏は「シニア世代こそ笑いが大切」と強調する。
「検査してがんが見つかったらショックですよね。でも、実は健康な人の体の中でも、がん細胞は常に生まれています。体に備わった免疫力のおかげで表面化しないだけなのです」
しかし、免疫力は、20歳ごろをピークに、年を重ねるほどに下がっていく。
「だからこそ、高齢者ほど免疫力を高める行動が大事です。何も難しいことをしなくてもいい。よく眠り、健康的に食べること。後はできるだけ笑って過ごすことです」
「笑いのツボが同じ人」が
あなたの健康を増進する
しかし、現実には、高齢になるにつれて人付き合いが減り、笑う機会も減ってしまう人が多いもの。笑って過ごすには、人と触れ合える環境が欠かせない。
「鯛(たい)も一人はうまからず、というように、『おいしいね』と言い合いながら食べないと食事もおいしくないし、栄養もしっかり吸収できません。孤独に過ごし、無表情な時間が増えるのは体に毒なのです」
そして、気の合う仲間を見つけるにも「笑い」が目印になる。
「以前、ある映画監督から『お涙頂戴物より、コメディー映画を作る方が難しい』という話を聞きました。言われてみれば、泣くツボはみんな似通っているのに、笑うツボは人それぞれ。同じものを面白がるには、共通の知識や感性が必要だからです。笑いのツボが同じ人は貴重ですから、見つけたら、ぜひ仲良くなりましょう。一緒に笑える人は、あなたの健康にとっていい人なのです」
気の合う仲間が見つかれば、一緒に非日常的なことを企画してみるのがおすすめだ。例えば昇氏は毎春、桜の季節に友人たちと集まって「遺影を撮る会」を催しているという。
「遺影なんて言っていますが、おしゃれして、景色のいい場所で記念写真を撮ると、『来年はもっとすてきに撮ろう! イェーイ!』と生きる気力が湧いてきて、毎年どんどん若返っていくんです(笑)」
最後に、昇氏が考案した、愉快に過ごすための「あいうえお養生訓」を紹介しよう。
あ:会いたい人に会う
い:行きたいところに行く
う:歌いたい歌を歌う
え:遠慮しない
お:おいしいものを食べる
一緒に笑い合える仲間と共に、好奇心を失わず、アクティブに人生を楽しむ──。円熟期こそ、そんな豊かな環境に身を置くことが最高の長寿法なのだ。