山でつながる二人が感じる、山から得るもの

――初顔合わせのお二人ですが、山と山でのアクティビティーを愛し、「多くの人々を山へいざない続けている」、そんな共通点を感じ、この対談を企画しました。

お忙しい合間を縫ってかと思いますが、山には行かれていますか。

湊氏:先日、谷川岳(群馬県)へ行きました。これまでに登山は2回も雨天延期になっていて、今回はまずは、麓から一ノ倉沢を見上げてました。雪渓から岩壁が立ち上がっていて迫力があり、ロッククライマーたちの気持ちを想像しましたね。

谷川岳とは縁がないのかなあ……と思っていたのですが、三度目の正直となる今回はとても良いお天気でした。

実はそのとき身に着けていた帽子とウィンドシェルは、アークテリクスのものでした。

高木氏:それはうれしいお話です。私は「クライムオン!!」というイベントで、小川山(長野県)へ5月に行きました。ブランドとして講座を運営していたりもしますが、プライベートでも行く山で、1週間くらいテントで滞在した経験もあります。

湊氏:私も小川山は大好きです。ロッククライミングの練習でガマスラブを登りました。秋だったのですが、てっぺんから見下ろすと黄色を中心とした紅葉の景色が美しく、とても感動しました。

【特別対談】高木 賢(ARC’TERYXカントリーディレクター)× 湊かなえ(作家)――山でつながる二人が、人々を山へいざなう理由とは湊かなえ/広島県生まれ。2007年『聖職者』で小説推理新人賞を受賞しデビュー。翌年刊行の『告白』で本屋大賞を受賞。『Nのために』『母性』など映像化作品多数。学生時代から登山に親しみ、執筆取材を機に本格的に山へ。「取材する山は必ず自分で歩く」を信念とする。

――さて、山岳小説『山女日記』や『残照の頂 続・山女日記』では、それぞれの思いを抱えた主人公が山へ向かい、自己との対峙を通して違った視点を得ています。お二人は、山へ行くたびに何かを得ているという感覚はお持ちなのでしょうか。

湊氏:私にとって山は自分と向き合ったり、日常を振り返ったりする時間でもあります。山を歩いている間は自分の内面に入っていくのですが、開放的な自然の中に身を置くと、それまで出口が見つからず閉塞感があったものが、たくさんの選択肢や解決方法があることに気付くんです。しかも、前向きな考え方になる。

目的地に着いたときには、「ああ、こうやって山を登るように一歩ずつ前に進めば、どうにかなるかもしれない」、そう思えるようになるんです。

高木氏:山に行くことは、リフレッシュや自分を見つめ直す時間になりますし、人それぞれの登り方を知ることで、他者理解や仲間との絆にもつながります。

山の中に身を置くことによって人生が確実に豊かになっていく、そんな気がします。

ですので、人生を豊かにする体験を一人でも多くの方にしていただきたという思いがあり、それを伝えたいと考えています。そこで、アークテリクスは「山々は、私たちをより良き存在にしてくれる」という信念を「LEAVE IT BETTER(この世界を、より美しく。)」というパーパスに込めて発信しています。

そして、メッセージを発信すると同時に「われわれは何ができるのか」、と常に自分たちに問いかけて製品や体験の場などを設計しています。

山から多くのことを受け取ってきたからこそ、今度は山へ還元していきたい、そう考えています。

【特別対談】高木 賢(ARC’TERYXカントリーディレクター)× 湊かなえ(作家)――山でつながる二人が、人々を山へいざなう理由とはアークテリクスが3年以上かけて開発した循環型ハードシェルをリリース。業界初のサーキュラープロダクト基準「TESTEX® Circularity」認証を取得。また次世代のゴアテックス(GORE-TEX PRO ePE)を採用。製品寿命を迎えた後、パーツを分解してGORE-TEXメンブレンとナイロン素材を分離。回収されたナイロンはAquafil社にて原料レベルまで化学的に分解され、再び新品同等のECONYL®糸に再生される。Sperro SV Jacket ¥198,000(税込み)

本質だけを残したデザインと環境保護への意識

——湊さん、登山を続ける中で、道具選びのポイントはどう変わってきましたか。

湊氏:若いときは限られた資金の中、値段を基準に選んでいて、最初に買った登山靴も、アウトドアショップの広告にあった先着10足1980円というものでした(苦笑)。

その頃は体力で機能をカバーできていたというか……。だけど、山の経験が増えるにつれて、山の特徴を知ることで、より本質的な部分に目がいくようになりました。

高木氏:アークテリクスのものづくりの考え方は、本質だけを残す引き算のデザインなのです。

例えばアルファ SV ジャケットには、ハンドポケットがないんです。クライミングのときにハーネスを着けると、ハンドポケットは使えない。使えないポケットがあると重くなるだけ。

だから取った。不要なものを省いた結果として、本当に必要な部分が残る。デザインのためにデザインするのではなく、機能を突き詰めた結果として生まれる美しさです。

湊氏:引き算と伺って、なるほどと思いました。登山の初期はうれしくて、カップをカラビナでザックに付けたりもしていましたが、岩場や、ましてロッククライミングでは邪魔になるだけ。

山の経験が増えるにつれて、三つ折りのストックのように、本当に必要な機能でスリム化できるギアだけがザックに入っています。

高木氏:それはまさに、使い手が自分自身で「引き算」をしていく過程ですよね。アークテリクスのデザインも同じで、引き算していった結果に残るものが美しいと思っています。

そして、気に入って長く使い続けてもらうことが、廃棄を減らし、自然への負荷を小さくすることにもつながっている。ものを大切にするという姿勢が、そのまま自然を大切にするということと重なるんです。

湊氏:今着ているアークテリクスのシャツの丈が短いのも、ハーネスに干渉してウエスト部分がゴワつかないようにするためだと教えてもらいました。

危険度が増す剱岳の岩場に行くようになってからは、要るものと要らないものが分かってくるようになったんです。それは自然と引き算をしていたんですね。

「山を愛するだけではないもう一つの共通点」

高木氏:湊さんが本格的にロッククライミングをなさっているとお聞きして驚きましたよ。

アークテリクスはロッククライミングのハーネスから歴史が始まったんです。もともとクライマーだった創業者たちが、自分たちの本当に欲しい機能だけを引き算して詰め込んで、ブランド初の製品としてリリースしました。そのDNAが全ての商品に今も受け継がれているのです。

湊氏:そうだったんですね。ロッククライミングでは、1回目の失敗までがすごく怖くて、落ちないように落ちないようにと思って安全な足の置き場ばかり探していたんですけど、1回落ちてみたら、確保してくれている人がいて、また次の所を探せばいいんだと思えて。

「失敗しても支えてくれる人がいる」。ロッククライミングを通じて、登山とはまた違う自分との向き合い方があるんだと気付きました。

【特別対談】高木 賢(ARC’TERYXカントリーディレクター)× 湊かなえ(作家)――山でつながる二人が、人々を山へいざなう理由とは高木 賢/アメアスポーツジャパン株式会社 アークテリクス カントリーディレクター。直営ブランドストアの拡大をけん引するなど、日本における事業全体を統括する。クライミング、カントリースキーを愛する。

——ギアの機能を長く生かし続ける修理サービス「ReBIRD™」にも、ブランドの思いが込められていますね。

高木氏:もともと山を登る人たちは、自分自身でリペアして使い続ける習慣がありますよね。その役割をブランドが担い、フィールドで安全に使える状態に戻すことを目的としたサービスです。

リペアだけでなく、実は洗うことで撥水機能を保てるゴアテックス製品について、自宅でできるメンテナンス方法もお伝えしています。

湊氏:私は、登山は家に帰って洗濯物を全部干すまでが、登山だと思っているんです(笑)。

登山って一回きりのものではないですよね。ひとつ達成すると次の目標ができて、山が次の山へと導いてくれる……そこにも循環を感じます。そこに寄り添ってくれるのがギアであって、手入れして長く使い続けることで愛着と感謝の気持ちが湧きますね。

高木氏:私自身も1つのバックパックを10年以上愛用していたりするんです。

――リペアに関しては、今年から保証プログラムを「BIRD AID」として10年間に延長させました。商業的な考え方とは一線を画しますね。

高木氏:メーカーにとっては、新商品が出るたびに買い替えてもらった方が、利益があるのかもしれませんが、それよりも私たちは、自分たちの遊び場である自然環境を大切にしたいと考えています。

長く使ってもらうことで、アークテリクスの良さを実感して、愛着を持ってもらいたい。そうすれば、違う機会やアクティビティーでも使ってみようと思ってもらえるかもしれない。それで良いと思っています。

――『山女日記』の「トンガリロ」の章で、外来種がニュージーランドの固有種や生態系に与える影響と保護活動について触れられています。人間が積極的に自然環境を守ることに携わっていくことの必要性についてどう思われますか。

湊氏:ニュージーランドは入国する際に、靴の裏に土が付いていないかを確認し、付いていたら洗うスペースもあるんです。とても新鮮でした。国立公園、世界遺産を守るために、まずは国の玄関口で徹底しているのだということを実感したので、作品の中に書きました。

高木氏:私たちは、日本独自のアクションとして、ショッピングバッグを有料で販売し、本体価格の全てをアウトドアの環境団体に寄付しています。そのほかにも今後はフィールドの整備にも寄付をしていく予定です。

山から多くのことを受け取ってきたからこそ、お客さまにもご協力いただきながら、自然への感謝の気持ちをフィールドに戻していくような感覚です。

――人間が意識的に手を入れないと山の環境は守られない。そうした意識を持っておくことも必要ですね。

湊氏:印象に残っているのが「登山道に転がっている石の全てが自然に平らな面を上に向けて並んでいるわけではない」という日本の山小屋の主人のお話です。

ついつい「ありのままの大自然を楽しんでいる」と思いがちですが、実際には、登山者が少しでも歩きやすいようにと、人の手によって丁寧に石を敷き、整備してくださっている方々がいるんです。

そういう人たちがいてこそ、私たちは山を歩かせてもらえるのだということを、大切に思いたいですね。そういう気持ちが、山を守っていくことにつながるのではないかと思います。

【特別対談】高木 賢(ARC’TERYXカントリーディレクター)× 湊かなえ(作家)――山でつながる二人が、人々を山へいざなう理由とは
【特別対談】高木 賢(ARC’TERYXカントリーディレクター)× 湊かなえ(作家)――山でつながる二人が、人々を山へいざなう理由とは(左)『山女日記』、(右)『残照の頂 続・山女日記』/共に幻冬舎 悩みや後悔を抱えた女性たちが山を登り、山道を歩く道のりで、頂から見える景色の中で次の一歩を見つける——。山と人生を描いた短編集。

アークテリクスはなぜ、人々を山へいざなうのか

――アウトドアブランドとして、小説家として自然への敬意を持ち、還元することも忘れない。お二人の話を聞いて、山へいざなうことと、山を守ることとは決して矛盾しないというふうに感じました。これは個人への質問ですが、お二人はなぜ、山へいざなわれるのだと思いますか。

湊氏:なぜ、山へいざなわれるのか、それは今歩んでいる人生の道を確認したいからなのではないかと、私は思っています。

普段は目の前のことに一所懸命で、自分と向き合っていないな、自分をケアしていないな、ということに山の中で気付くときがあります。

山に登って自分と向き合い、今やっていることを続けて良いのか、軌道修正は必要ないか、まるで人生の登山ルートを確認しているのではないかな、したいのではないかな、と思ったりします。

高木氏:私自身、その理由は年を重ねることによって、変わってきました。若い頃は、バックカントリースキーへ行けば、急峻な斜面を落としたい、そんなところがありましたが、今は違いますね。

急峻な斜面よりも、林間を滑るツリーランが楽しかったり、雨でロッククライミングができない日に、テントに打ち付ける雨音を聞きながら読書をする時間が心地よかったり……。

今ではもっと山を味わいたいと思うようになったのかもしれません。

【特別対談】高木 賢(ARC’TERYXカントリーディレクター)× 湊かなえ(作家)――山でつながる二人が、人々を山へいざなう理由とは

――お二人のお話を聞いていると、山から多くを受け取り、その感謝を山へ返していくことが、共通する価値観のように感じました。最後に湊さんが小説で伝えたかったメッセージとは?

湊氏:山って、特別な人が行く場所みたいな感じで思われがちですけど、そうではなくて……。誰のそばにもあって、準備してきた人なら誰でも受け入れてくれるんだよ、ということを小説では伝えたかったんです。

時には、天候や体調が理由で引き返さなければならないこともあります。けれど、また次にトライができる。そして、苦しいときもあるけれど、歩き続けていれば、頂上にたどり着く……。

そういった体験が、人生と重なり、いつも私の背中を押してくれているんです。

――ではアークテリクスはなぜ、人を山へいざなおうとしているのでしょうか。

高木氏:先に話した、「LEAVE IT BETTER(この世界を、より美しく。)」というメッセージにつながりますが、山の体験を通じて、多くの人の人生がより豊かに、より美しくなると信じているからです。

日本には4000m を超える高い山はありませんが、多様で素晴らしく美しい山岳環境があり、とても恵まれていると思います。私たちは山を楽しむ人たちの裾野を広げながら、安全に楽しめる環境をギアで支えていきます。

ぜひ、アークテリクスのギアと共に山へ行かれた際には、私たちの製品と共にある「LEAVE IT BETTER」というメッセージを思い出していただけたらなと思います。

製品の一生を循環型で設計する新フレームワーク「System 0」を発表
System 0(システム・ゼロ)は、アークテリクスが2026年8月に発表した、製品の一生を循環型で設計し直すフレームワークだ。これまで取り組んできた、ケアや修理で製品を長く使い続けるサービス「ReBIRD」を基盤に、素材の調達や設計の段階から、寿命を迎えた後の回収・リサイクルまでを一本の線でつなぐ。修理できなくなった製品は回収し、素材を原材料レベルまで分解して再び新しい製品へリサイクルする。誕生前から寿命後まで製品の一生を考えることで、環境負荷も減らせる。第1弾として、このフレームワークから生まれたジャケット「Sperro SV」がリリースされた。

アークテリクスがものづくりの核とした哲学

アークテリクスはなぜ選ばれ続けるのか

●問い合わせ先
アメアスポーツジャパン
アークテリクス
https://arcteryx.jp/

撮影/野口マサヒロ ヘア&メイク/山本浩未 聞き手/柏 澄子