コーポレートガバナンスの目的とは?

亀川雅人 氏
立教大学 経営学部経営学科、立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科 教授(博士:経営学)

専門は、コーポレートガバナンスおよびコーポレートファイナンスで、経済学、経営学、会計学の中間領域を扱う。企業評価論や経営者論からマーケティングなど、広範な分野について、経済学と経営学の両面からアプローチする。『ガバナンスと利潤の経済学』『大人の経営学』『資本と知識と経営者』(いずれも創成社)、『ファイナンシャル・マネジメント』(学文社)、『企業資本と利潤』(中央経済社)など著書多数。

――コーポレートガバナンスといえば、日本でも今年6月から「コーポレートガバナンス・コード」が導入され、運用が始まっています。これまで、日本のコーポレートガバナンスは世界と比べて大きく遅れているといわれてきましたが、今回の新制度導入で、日本の上場企業にも欧米並みに透明性の高いガバナンスを求められるようになりました。ただ、コーポレートガバナンスと言うと、不祥事防止等のコンプライアンス的な意味合いで捉えている方も多いのではないでしょうか。

亀川 一般的に「ガバナンス」というと、株主と経営者の関係、つまりに企業おける「所有と経営の分離」に注目して、経営者が株主の利益に反するような行動をとらないように監視する議論が多いのですが、それだけではありません。例えば、国家にもガバナンスがあります。

 国家は憲法により統治、つまり、ガバナンスされています。日本の憲法は日本のあるべき姿を示すと同時に、どのような方法で日本のあるべき姿を達成するのかを規定しています。その仕組みが、立法・行政・司法の三権分立です。主権者である国民の意志を反映した国会が立法権を持ち、それを執行する行政権を持つのは内閣。さらにその内閣を、司法権を持つ裁判所が監視する。つまりこれらは、国民の意志を反映した国づくりの仕組みです。

 これと同様に、コーポレートガバナンスの目的は、株主が企業に投資した私有財産をどのように運用し、その財産を高めることができるか、という仕組みを構築することにあります。

バイロン・マーミキディス 氏
アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 法人事業部門-日本 副社長 兼 ジェネラル・マネージャー

在日オーストラリア大使館勤務後、1998年に同社オーストラリアのカスタマー・サービス部門のチームリーダーとして入社以来、アジア太平洋地域において複数の事業部門のシニア・マネージメントの役職を歴任。2000年に日本の個人カード事業部門の経営企画室マネージャーを経て、05年には、法人事業部門のリジョナル・ディレクターとして北アジア地域で事業を展開するグローバル企業の経費管理支援に尽力。12年より現職。

――コーポレートガバナンスでは、株主が、国家のガバナンスで言う国民(主権者)のポジションにあたるということですね。しかし、日本企業は欧米企業と比べて、他のステークホルダーとのバランスも重視しています。『会社はだれのものか』という本が話題になりましたが、株主主権論に対して是非もあるようです。

亀川 資本主義経済のフレームワークでは、企業の目的は「株主の富の最大化」です。しかしそれは、従業員などのステークホルダーを疎かにしてよいという意味ではありません。なぜなら株主の受け取る所得は、損益計算書のボトムラインである当期純利益に当たります。従業員の給料、取引先への支払いといった支出項目をすべて満たした上で初めて、株主の利益が残るわけです。いわば株主の利益は、「残余の所得」なのです。

 従業員の給与や取引先企業への支払いなどは、市場競争の結果決まりますから、株主の富の最大化といっても、資本コスト以上の利益を得られる企業、つまり、平均以上の超過利潤を稼ぐことができる企業はめったにありません。超過利潤を稼ぐ企業は、それが独占や寡占、あるいは不正な利潤でなければ、特殊なビジネスモデルなどのイノベーションを起こした企業です。しかし、イノベーションを起こすような企業は、これまでとはまったく違う仕組みで会社を経営することが求められます。そのため、新規事業の投資と同時に、既存組織の改革などが必要となり、株主に対する説明責任が発生します。

 ただし、既存組織の構造を変革するのは大企業ではなかなか難しい。経営者主導による構造改革を実行しやすい柔軟なベンチャーや中小企業が中心になるでしょう。

バイロン 競争とイノベーションがあるからこそ、企業はガバナンスを強化し、優れたプロダクトやサービスを生み出すことができる。その意味では、ガバナンスやコンプライアンスもイノベーションの一部と定義できると思います。

――ちなみに、コーポレートガバナンスが企業のイノベーションに寄与した、というベストプラクティスはありますか。

亀川 過去の事例はたくさんあるのですが、近年は企業を取り巻く環境変化が激しいために、現時点ではその事例が当てはまらない、ということが多いのです。ただ、構造改革に成功したわかりやすい事例を挙げるとすれば、日産自動車でしょうか。もう15年以上前の例ですが、最高執行責任者(COO)に就任したカルロル・ゴーン氏が、日本的なしがらみ、いわば悪い構造を断ち切って会社を再生させたのは、皆さんご存じのとおりです。近年、日本企業の社外取締役導入例が増えているのは、ゴーン氏のような外部の目によって、内部にはびこる悪いしがらみを発見して変えていくことができるからでしょう。外部の目で客観視することで、ベストプラクティスが生まれやすくなるわけです。

 今回施行されたコーポレートガバナンス・コードでは、外部の目を強化すべく、社外取締役を2人以上置くことが義務付けられています。しかし、それは「人数」合わせであってはなりません。「誰」を入れるかの承認も、株主の意志を反映する株主総会での重要な判断事項となります。その面では、ここ20年ほどで株主の多様化も進み、さまざまな外部チェックが働くようになってきました。ただ、英米型の株式市場に変わってから日が浅いので、本当の意味で透明性が増していくのはこれからと言えるでしょう。