当事者企業の規模を問わず、グローバルな成長市場・分野へのM&Aが目立つようになってきた。それは業界再編への対応というのではなく、まさに生き残りや新たな成長ポテンシャルの確保を直接の狙いとするもので、日本産業の構造的な変質を示唆するものでもある。
成長市場・分野へのM&A活発化を象徴するのが資源・エネルギー分野での積極的な権益確保だ。たとえば三菱商事などは、豪州で水道運営事業2位のユナイテッド・ユーテリティーズ・オーストラリアを買収。新たな成長市場とされる水ビジネスの拡大に向けた基盤固めを急いでいる。
また東京電力は、米テキサス州で原子力発電所の増設プロジェクト関連企業の第三者割当増資を引き受けた。海外の原子力発電事業に日本の電力会社が出資するのは初めてのことだ。
成長市場、特にアジア市場の開拓を目的とした動きも活発だ。
サントリーホールディングスは食品卸の国分と共同で、中国最大規模のワイン輸入販売会社を傘下に収めた。富裕層を中心にワイン需要が急拡大する中国市場への食い込みを狙う。医薬品卸国内首位のメディパルホールディングスは、中国最大の販売ネットワークを持つ国薬ホールディングスの子会社に資本参加。宅急便のヤマトホールディングスも、中国の物流子会社を買収した。
IN-OUTを主に実践的活用が広がる
M&Aの専門調査機関レフコのまとめによれば、日本企業が関係するM&A(出資拡大、資本参加、事業譲渡、買収、合併の5類型)の件数は、2009年は1957件にとどまり、03年以来、6年ぶりの2000件割れとなった。08年秋以降の世界的な経済低迷が背景にあると見られる。
ただ、日本企業による海外企業のM&A、いわゆる「IN-OUT」は金額ベースで全体の4割を占め、しかも実施企業に準大手や新たな顔触れが登場するなど、M&A活用のすそ野が広がってきている。
業種別では、買い手、売り手共に非製造業がトップだった。買い手で見ると非製造業は件数の構成比で36%を占め、次位の製造業との構成比の差を拡大する傾向が続いている。細かな業種別では、電力・ガスが前年の17件から25件へと増加しているが、これらは海外資源開発で確保した権益や海外発電所運営会社の買収などによるものだ。
中堅・中小企業による戦略的なM&A活用も活発になっている。たとえば未上場会社による未上場会社を対象としたM&A件数は、09年こそ577件だったが、04年以降は600~700件レベルにある。さらに国別に見ると、米国へのIN-OUTが102件で最も多いが、2位の中国ではIN-OUTが25件、OUT-INが20件で、日中双方の企業が新たな成長市場や優れた技術力などを求めて活発にM&Aを行っている実態がうかがえる。
M&A業務の専門家のあいだでは、「日本の中小企業の事業承継策として海外、特にアジア系の企業への売却は、すでに当たり前の選択肢の一つになっている」との声も出ている。
レフコのまとめでは日本企業のM&A件数は1996年から10年間で5倍になった。すでにM&Aは企業戦略の実現に不可欠な手段として定着したといえる。特に2000件の大台を超えた04年以降の増加は、日本企業による海外企業の買収(IN-OUT)の増加によるもので、成熟した国内市場から海外に成長基盤を移す動きだった。
手法定着で問われ始める「PMI」
ただ、M&Aの定着に伴って、その「質」や「成功評価」などをめぐる新たな課題が浮上してきてもいる。ひと口で言えば、「PMI(Post Merger Integration=M&A後における企業価値向上プロセス)」をめぐる問題だ。
デロイト・トーマツ・コンサルティングが08年9月に行った調査では、「M&Aに成功した」と自己評価している企業は29%にすぎず、19%の企業は「非成功」としている。さらに、M&Aによる目標達成率が「50%以下」と答えた企業の割合は46%もあった。
M&Aの契約や出資は、いわば婚約が調ったにすぎない。婚約成立が幸福な結婚生活を保証するものではない。すでに、より効果の高いPMIを構築するための要因分析や事例検証は本格化しており、それを中心にコンサルティングを提供するサービス会社も登場している。
M&Aは、オートマチックに統合効果を得られるものではない。それだけに成功事例や失敗事例の検証を通じたM&A研究の重層化もまた、M&Aをより有効なものにするために不可欠になってきている。
※この特集の情報は2010年8月9日現在のものです。