5工場閉鎖、2万1000人削減――。1999年に日産自動車が打ち出した「日産リバイバルプラン(NRP)」は、壮絶なリストラ計画として知られる。だがカルロス・ゴーンの狙いは“縮小”ではなかった。守りの改革を断行しながらも、米国と中国で生産能力を拡張する攻めの布石をひそかに打っていたのである。一方、中国は78年の改革開放以降、「市場換技術」なる国家戦略を掲げ、巨大市場を武器に日本の自動車メーカーを含む外資の技術を取り込み、世界最大の自動車大国へ駆け上がろうとしていた。日産はこの巨大市場にどう挑み、中国・東風汽車への電撃提携に踏み出したのか。中国参入構想から提携成立に至るまでの裏舞台を描く。

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