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志賀俊之

日産自動車元COO(最高執行責任者)、INCJ前会長

しが・としゆき/1976年、日産自動車入社。それから半世紀、一貫してモビリティ業界の最前線を歩んできた。99年、倒産危機にあった日産とルノーの提携を実務トップとして推進し、それ以降、カルロス・ゴーン氏の右腕として、経営と現場をつなぐパイプ役を担った。本連載のタイトルでもある「志賀見聞録」は、日産再生の過程で、司令塔であるゴーン氏のメッセージを現場に分かりやすく伝える情報発信として始まった。2005年に最高執行責任者(COO)に就任し、約8年半にわたりグローバル経営の指揮を執った。15年には官民ファンド、産業革新機構(現INCJ)会長に就任。25年6月の退任後は、自身の経験を次世代に継承すべく、複数のスタートアップで社会取締役やアドバイザーを務め、若い経営者の育成に情熱を注いでいる。

【志賀俊之】90年代の日産に自力再建を断念させた「トドメの一撃」、そして00年代のリバイバルプランを経て今なお埋まらぬ「再生への最後の1ピース」とは?
志賀俊之
現在日産自動車が進める再建策「Re:Nissan」に、かつてカルロス・ゴーンが主導した「日産リバイバルプラン(NRP)」の影を見る者は多い。日産の自力再建を阻んだ「二つの元凶」に焦点を当て、当時の教訓がなぜ現代に生かされなかったのかを考察してみたい。日産が「真の復活」を遂げるために不可欠な、「最後の1ピース」とは何なのか。
【志賀俊之】90年代の日産に自力再建を断念させた「トドメの一撃」、そして00年代のリバイバルプランを経て今なお埋まらぬ「再生への最後の1ピース」とは?
【大型新連載】日産元COO志賀俊之氏が27年前の「ルノーとの交渉の舞台裏」を初告白…ダイムラーと突然の破談!ルノーと決裂なら日産消滅、猶予20日の最終決戦――【過去編2】ルノーの軍門に降った日
志賀俊之
「日産自動車が危ない」。その一言から、全てが動きだした。バブル期の過剰投資で巨額の負債を抱え、資金繰りは限界に追い込まれていた。外資との提携をまとめられなければ、1999年3月末をもって日産は消滅する。残された時間は、わずか20日。ダイムラーの撤退、ルノーとの綱渡り交渉、徹夜続きの決断――。そして迎えたルノーとの調印式。その瞬間、両社の力関係には静かに、しかし決定的に変わった。交渉の最前線に立った当事者だけが語れる、極秘交渉の舞台裏を明かす。
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【大型新連載】「私は共犯者だ」日産ゴーンの右腕だった志賀俊之氏が初執筆!日産はなぜ再び沈んだのか――【過去編1】「ゴーンさんが羽田空港で逮捕されたらしいです」
志賀俊之
かつてカルロス・ゴーン氏の右腕として日産自動車復活を率いた、元日産COO・志賀俊之氏が初めて沈黙を破る。自動車業界一筋50年の当事者が、自らの半生と日本の自動車産業の光と影を重ね合わせ、「ゴーン経営」の功罪と日産再転落の真因に迫る大型連載が始動する。「経営危機を招いた“共犯者”としての非難は覚悟の上。それでも、過去の学びを未来につなげたい」。「100年に1度」の大転換期に直面する日本の自動車産業への強烈な危機感を背景に、【過去編】で史実と教訓を掘り下げ、【ミライ編】で向こう50年のモビリティ産業を展望する。半世紀を産業の中枢で生きた当事者が、全知見と覚悟を懸けてつづる渾身の“遺言”である。
【大型新連載】「私は共犯者だ」日産ゴーンの右腕だった志賀俊之氏が初執筆!日産はなぜ再び沈んだのか――【過去編1】「ゴーンさんが羽田空港で逮捕されたらしいです」
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