万一に備え防毒マスク姿でオウム真理教施設に入る捜査員=1995年03月23日、山梨県上九一色村(※オンライン記事にのみ使用している画像です) Photo:SANKEI
「食べ物を残すと地獄に堕ちる」。そう教え込まれ、カビの生えたそばを泣きながら口に詰め込む子どもたちがいた――。約30年前、オウム真理教の施設で育ち、児童相談所に一時保護された40代女性・加奈さん(仮名)が、自らの体験を語った。親と引き離されて暮らした集団生活、不衛生な環境、そして教団の教えが支配した日常とは。※本稿は、NHK「クローズアップ現代」取材班による『オウム真理教の子どもたち』(集英社インターナショナル)の一部を抜粋・編集したものです。
母は全財産を寄付し
娘を連れて出家した
加奈さんは1980年代、ある地方都市で生まれた。父親はサラリーマン、母の春代さんも勤めていた。ほかに兄弟姉妹はおらず、一人っ子だった。家族3人で暮らしていたが、ある日、父親の女性問題がきっかけで、両親は離婚する。加奈さんは春代さんが引き取り、2人での暮らしが始まったが、やがて母はオウム真理教に入信してしまう。加奈さんの記憶では、3~4歳の頃だ。最初は自宅から道場に通う日々だったが、母親はついに全財産を教団に寄付し、加奈さんを連れて出家する。
生活が一変する大きな出来事のはずだが、加奈さんは「物心ついた時点で、そこ(教団)に行くことが日常だったので、なんで行くのかとは聞いたことがなかった」という。
さて、出家後、加奈さんは母親と離れ、熊本県の北東部、大分県との県境に位置する波野村の道場に送られる。「波野道場」の宿舎は、草原が広がる丘陵地帯のくぼ地に建てられ、遠くに噴煙を上げる阿蘇山が見えた。ここには同じように、親から離れて出家生活を送る子ども数十人が暮らしていた。







