なりふり構わぬ生徒募集――予備校の「タダ券」をもらうには

 少し時間を巻き戻してみよう。

 少子化以前にも生徒の取り合いはあった。むしろ熾烈であった。1980年代半ば、駿台予備学校、河合塾、代々木ゼミナールの三大予備校が全国に進出したことで、各地で優秀な浪人生の取り合いがおこった。それゆえ、予備校をいくつもかけもちしている浪人生が少なからずいた。

 これには、予備校が「奨学金制度」を作ったことが大きかった。これは年間授業料と模試代がすべて免除される、あるいは授業料がすべて半額になるというシステムだ。浪人生のあいだで「予備校のタダ券をもらった」というセリフが飛び交うようになった。タダで予備校に通える資格、条件は次のとおり。

 1 進学校出身者
 東京大合格上位校で開成、灘、筑波大附属駒場、麻布、栄光学園、桜蔭、女子学院の卒業証明書があれば無条件にOKという予備校があった。

 2 模擬試験の成績上位者
 河合塾、駿台、代ゼミの模試の成績上位者では、難関大学合格率A判定(合格可能性80%以上)の成績をとった者が、授業料免除の対象になる。予備校は前年の模試で成績優秀だった高校生をマークしておき、難関大学に受からなかったことがわかるとスカウトする。

 3 難関大学合格者、在学者
 東京大、京都大、早慶などの難関大学合格者は予備校に合格通知を持っていけば授業料がタダになる、という話は毎年春、都市伝説的に広まるが、これはほんとうの話である。現役時に京都大に合格したが入学せず、1992年に東京大理科三類に受かった受験生がこう振り返っている。「4月から通い始めた代々木ゼミナールでは、特待生に選ばれて授業料は全額免除。最初は半額だけ免除だったんですが、京大法の合格通知を提出したら全額無料になったんです」(『東大理Ⅲ 1992』データハウス、1992年)

 4 難関大学不合格だが、入試得点が合否のボーダーラインに近い者
 2000年代後半、東京大理科一類に合格できなかったある受験生は、情報開示で合格まであと20点足りなかったことを知る。その書類を予備校に持参したら、授業料が全額免除になった。

東京大の「成績開示」が授業料免除の材料になる

 2006年以来、東京大は情報開示の一環として、受験生からの成績照会に応じている。東京大入試の合格最高点、最低点、平均点そして自分が何点とったかがわかるようになったのだ。

 2023年、東京大理科二類の受験生には次のような成績情報が開示された。

東京大学 一般選抜 成績照会
あなたのランク A
不合格者内の順位の範囲を以下の記号で表示している。
A:1〜、B:251〜、C:501〜、D:751〜、E:1001〜

 これによって、東京大受験生は「合格までほんのわずか及ばなかった」「合格まではるかに遠かった」などがわかる。0.1点差ならば泣くには泣けない惜しさである一方、100点以上であれば、箸にも棒にもかからずということで、あきらめも早いだろう。

 そして予備校がこれを授業料免除の材料に活用する。どう評価するかといえば、たとえばA、Bは全額免除、Cは半額免除、Dは3割免除などということになる。

「書いたもの勝ち」の時代

 予備校の生命線は合格者実績であり、難関大学合格実績のアピールは常套手段だ。難関大学合格者が一定の水準に保たれる保証は何もない。多くの予備校において、合格実績の浮き沈みは激しくなって当然だが、それでも合格者数は多く見せ続けたい。

 1950年代〜70年代は、書いたもの勝ちで何でもありだった。大学新聞や受験雑誌に掲載された予備校の広告をみるとその様子がよくわかる。

 1958年、京大合格者数をめぐって京都の主な予備校は次のように主張した。近畿予備校は「京大合格者のみでも全国一位」、関西文理学院は「京大合格者を独占する」、京都予備校は「京大・阪大最高合格率」。京都学院は「全国的な信頼と権威ある京大予備校 本年度京大合格率87%」と数値を出してきた(京都大学新聞1958年3月21日)。

 1965年、愛知の名英予備校は「名古屋大学合格率最高」、岡山の岡山予備校は「岡大合格率全国一」、早稲田ゼミナールは「早大合格率93%」と謳う(『螢雪時代 全国大学受験年鑑』1965年臨時増刊号)。

 1975年、北海道の桑園予備校は「例年北大に圧倒的な合格実績」、札幌予備学院は「北大合格者例年最優位の実績」と誇っている(『螢雪時代 全国大学受験年鑑』1975年臨時増刊号)。

 受験生にとってなかなか魅力的なフレーズである。しかし、各校の主張を比べてみるなら、「全国一」と「独占」、「圧倒的な」と「最優位」が同時に成り立つわけもないし、87%や93%という合格率は何をもとにしているのか。そう考えるとあやしい話である。

 もちろん予備校にもその自覚はあった。そこで合格実績で説得力を持たせるため、まずは合格者の数を強調するようになった。

A予備校の「合格者」が、B予備校では合格者にならない

 合格者の定義は従来、まちまちだった。予備校の「本科生」だけでなく、模擬試験、大学入試説明会、模試の解説会、特定の学校への短期間特別講義など、いずれかのイベントに参加しただけでも合格者に含めてしまうところがある。A予備校がXさんを合格者と数えても、B予備校の定義ではXさんを合格者とみなさないケースが出てくる。

 講習会を含めれば、東進ハイスクール、鉄緑会、駿台の三校をかけもちする受験生もめずらしくない。そんな受験生Yさんをもし三校がそれぞれカウントすれば、当然、合格者数が膨れあがってしまう。駿台予備学校はこうしたケースを「形骸化」と呼んだのだった。
※編集部注:駿台予備学校は、2026年度入試以降について各大学や一部学部の大学合格者数の掲載を終了すると発表し、その中で「2025年度入試において、東京大学の一般選抜前期日程の合格者数は2,997名でしたが、主要な塾・予備校の合格者数を合計すると、実際の定員を大きく上回る数字になっており、その数値の信頼性や意味が形骸化している」としている。

派手な水増しから自主規制へ

 もっとも、合格者数の中身が問われたのは、きのう今日の話ではない。1960年代から合格者数を水増しした予備校があった。半世紀以上前、メディアがこんな見出しを立てて報じている。

 「水増し、”予備校卒” 『△△大に○人が合格』 講習生も含める 公取委 誇大広告で調査 氷山の一角 全国的傾向?」(朝日新聞1972年4月18日)

 「予備校発表の大学合格者数は多過ぎないか 実数不正確でも推測で”水増し”も 受験生は数の多さより口コミ頼り」(朝日新聞1987年10月22日)

 予備校の団体はこのような現状を憂い、自主的にルールを作ったことがある。1980年代、多くの予備校が加入している全国専修学校各種学校総連合会は「専修学校・各種学校の表示に関する自主規約」を制定した。

 ①「日本一」、「全国一」、「No.1」など最高級の優位性または唯一性を意味する用語は客観的事実にもとづく数値または確実な根拠なしに使用しない。

 ②「完全」、「100%」、「絶対」などの完璧性を意味する用語は使用しない。

 ③「卒業保証」、「全員国家試験合格」、「完全就職」などの学生の将来を保証するような表示は使用しない。

 ④資格等の合格人数および合格率はグループまたは系列校などの教員、施設を異にする別の学校の合格人数、合格率を加えないものとする。

 予備校の「○○大学合格者日本一」「日本一の合格実績」などは、「No.1 表示」(「No.1」、「第一位」、「トップ」、「日本一」なども)とされ、合理的な根拠に基づかず事実と異なる場合、景品表示法上問題となるため、公正取引委員会の指導でほぼ姿を消した。

 しかし、合格者数については、予備校からすれば絶対的な指標となり、なくすわけにはいかない。各校はギリギリのところを攻めたが、ダメ出しされることもあった。

体験入学1回でもカウント、「形骸化」は続いている

 2024年、また別の団体である公益社団法人全国学習塾協会は、合格実績自主基準をこう変更した。

 【変更前】受験直前の6か月間のうち、継続的に3か月を超える期間、当該学習塾に在籍し、通常の学習指導を受けた者とし、かつ、受講時間数が30時間を超える場合とする。

 【変更後】受験直前の6か月間のいずれかに①「在籍」があり、かつ②同期間に受講契約に基づく30時間以上の「受講」の実態がある生徒、あるいは継続して3か月以上の「受講」の実態がある生徒を、合格実績をカウントする対象の生徒とする。
 (同協会ウェブサイト「合格実績自主基準の変更について」2024年7月1日)

 

 「在籍」とは契約書面や料金納入が条件となり、体験授業や模試受験のみの生徒は含まれないとされる。「受講」とは「在籍」のみで受講していない生徒を含まないとされ、厳格になっていることは間違いない。

 もっとも、これを守らなかったからといって業務停止などのペナルティーが科せられるわけではなく、「形骸化」は続いているといえる。たとえば、合格者数で単年度ではなく3、4年分の累計を示す、一回だけの体験入学者まで含めてカウントする、などが見られる。

 予備校を存続させるために合格実績を高めなければならない。そのために水増しした合格者数を掲げて優秀な生徒を集める。授業料無償特待生を乱発する。これらは予備校が教育機関として最低限守るべき倫理観を自ら放棄したといえる。嘘をついてはいけない。

※本記事は転載にあたり、読みやすさを考慮して一部編集・再構成しています。

予備校盛衰史

『予備校盛衰史』

小林哲夫著・NHK出版

駿台、河合塾、代ゼミ、東進、鉄緑会……私たちが通った「予備校」は、日本にどんな「文化」をもたらしたのか。1970〜90年代を予備校文化の黄金時代と捉え、名講師たちの肉声とともにその盛衰をたどる。推薦・AO入試が優勢となった現代が見失った「学問への入り口」として、予備校を捉え直す一冊。

※編集部注:ダイヤモンド教育ラボでは約100予備校・塾の合格実績について調査。厳格な基準である公益社団法人全国学習塾協会の合格実績自主基準に沿っていることを明記または準拠している塾は非常に少ないのが現状で、以下がその一覧となる。
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