子供の教育が投資感覚になっていないか

――田舎への「移住」というと、教育環境を心配する声もあります。子供の教育に関してはどのようにお考えですか。

 教育というけど、突き詰めて言えば、親が子どもにリターンを求めているって思いませんか。子どもに投資しているから、その見返りをもらわないと割に合わない。だから、いい大学、いい会社に行かせて、場合によっては自分の老後の面倒をみてもらおうという気にさえなる。もちろん子どもの将来を思ってというのはわかる。でも、名誉や名声を勝ち得て、「オタクの息子、娘さん、すごいね」と言われたい面もあったりしますよね。

 これでは、子どもがかわいそうだと思いませんか。僕は、子どもが学びたいと思う範囲で学べばいいし、行きたい学校に行けばいいと思っています。子どもに選択のチャンスを与えてほしい。さっきの「藩校」もそんな思いを持つ小田原びとの構想です。

――最近は、復興ボランティアなどを通して地域の人たちと交流し、そこで地域の魅力や人の温かさを知り、地方で暮らす道を選ぶ若い人も増えているようです。学生にもそうした考え方の人が増えているのでしょうか。

 これまでゼミの卒業生で都庁に3人就職しましたが、1人は自ら望んで離島に行き、今度入庁するもう1人もこの間、離島行きを申請したそうです。今までだったら離島勤務は「出世コースから外れた負け組」という感覚が学生にあったと思いますが、自分なりに考えてその方が幸せだと判断したのでしょう。また、ある学生は1年間休学して、経済的に困難な子供たちに勉強を教えるというNPOに参加しています。また、卒業もできる、就職も決まった、だけど留年して人生を見つめ直すという学生もあらわれました。みんな同じ学年ですよ。これまでの慶應では考えられないこと。ですが、そういう多様な価値観、感性を持った若者が現れている。もう大人たちの価値観では、彼らの生き方が理解できなくなるのかもしれないねすね。嬉しいことです。

どこに住んでも“安心”が保障される仕組みづくりを

――東京圏への一極集中の傾向は依然として続いていますが、今後、移住は進むと思いますか。

 なぜ東京に人が集まるかというと、日本は「所得が増えて貯金ができないと生きていけない社会」だからです。子どもを教育するのも、病気・老後への備えもすべて貯金が必要。貯えがないと、子どもを学校や塾に行かせられない、病気になっても治療できない、老後は不安という状況になってしまいます。国に頼れず、すべて自己責任の世界ですから、収入を増やしやすく貯金しやすいだろうと思われる東京に人が集中するわけです。

 でも実際は、収入は減り続け、今では日本の平均的な貯蓄率はマイナスです。東京だって例外ではありません。たしかに収入は少し増える。でも東京はお金がかかりすぎるから、子どもを育てるには大変。だから、低出生率になっていく。じつは「東京に来れば子どもを産めないほどに貧しくなる」ということかもしれないんですよね。

 だからこそ、どこに住もうと貯金ができなくても安心して生きていける社会をつくるべきだと思います。

 それにはどうすればいいか。収入がどんどん減るなか、皆さん、必死になって貯金していますが、このご時世、金利はほとんどゼロ。だったら、ただ眠らせておくのはもったいないから、社会の貯金に回す、というのはどうでしょう。

 育児・保育、教育、医療、介護など、人が安心して生きていくためには、さまざまなサービスが必要です。それらをみんなが受け取り、代わりに必要な財源を税金として分かち合えばいいのではないでしょうか。

 誰もが必要とする基本的なサービスを政府が保障し、いつ病気になっても介護が必要になっても安価な料金でサービスを受けられるようにすれば、安心して暮らせるようになります。

 そうなれば、高い収入を求めて東京に行く人も減るでしょう。いざとなれば公的なサービスを使えばいいのですから、むやみに貯金に励まなくてもよくなります。手元にあるお金を安心して使えるようになって、消費も伸びるでしょう。さらに、地域ごとにより多くの学校の先生や看護師、介護士などが必要になって、新たな雇用も生まれます。

 いま必要なのは、人が安心して暮らしていくために、自分たちに何ができるかを考え、知恵を出し合うこと。そんなふうに僕は思うのです。その結果がバランスの取れた地域の発展なのではないでしょうか。小田原だけではなく、そんな想いを抱えた大勢の人たちが地方にはいっぱいいますよ。

(取材・文/河合起季、撮影/和田佳久)