心に持ち続けていれば叶う
訪れた機会は拒まない

――健康落語もそんな中でお作りになったものなのですね。

らく朝 あれは実は偶然なんです。弟子入りする前で、産業医をしていたとき、企業の健康管理の担当者と飲みながら、「健康管理の話も落語みたいに楽しくできたらいいのに」と話したことがあった。その担当者の人が後日「うちの会社の保養所で健康管理の話を落語でやってほしい」と言ってきたんです。いや、落語みたいにできたらいいね、とは言ったけれど、健康管理を落語にするなんて一言も言っちゃいない(笑)。断ろうと思えば断れたのですが、結局引き受けたのは、心のどこかに、医者としての自分と落語を結びつけるような何かをしようという気持ちがずっとあったからでしょうね。それに呼応するように、こういうチャンスが巡ってきたということは、天が私にこれをせよと言っているのだと。「動脈硬化」をテーマに話し、大変に受けました。それで、自分の独演会でもシリーズ化してやるようになったのです。自分でしたいと思っていることを考え続けていれば、いつか思わぬ形できっかけが降ってくることがある。それを拒否せず、なんでもあり、と受け入れることが大事ではないかと思います。

――「Dr.らく朝 笑いの診察室」もそんな思いがけない契機でできた番組なのですか。

らく朝 自分が医師と患者の二役に扮する健康芝居というのを独演会で披露していました。たまたま、見ていた方がおもしろいからテレビでやりましょうと企画して下さり、番組スポンサーとして沢井製薬さんに提供していただく形で始まりました。

「Dr.らく朝 笑いの診察室」はらく朝師匠が白衣で診察を行なう設定になっている。 ©BS日テレ

――240回という長寿番組です。テーマのお芝居と三題噺、毎回お考えになるのは大変でしょうね。

らく朝 いいことをおっしゃいました。毎週考えるのが大変ですと、制作会社さんに聞こえよがしに言っておきます(笑)。同じ病気を扱うときも、あるときはこの切り口、次はここで、とりんごをいろいろな角度から切るように、毎回切り口を変えて、新しい情報も採り入れて、違うものになるようにしています。

当事者への配慮と
イメージを喚起する工夫

――ほかに番組で気をつけていることはありますか。

らく朝 テーマとして採り上げている病気に、いままさに罹っている人が見ている可能性を忘れないようにしています。ある話題をインパクトのあるものにする常套手段として、脅すという手法がありますね。あるとき、独演会で脳卒中をテーマにして、こんなふうに脅したのです。「血圧が上がると脳卒中になって、半身麻痺になって、人生終わりだよ」と。すると、一人のお客がおもむろにすっと立ち上がって、片足をひきずるように出て行った。冷水を浴びせられた気がしました。その人は私が語ったのと同じ境遇で、半身麻痺になったので、いたたまれなくなったに違いない。その人をどれだけ傷つけてしまったのか……そうしたら、しばらくして何事もなかったかのように席に戻ってきた。多分お手洗いにでも行っていたのでしょう(笑)。でもそのとき心底ぞっとしました。客席、あるいは視聴者には、いまテーマにしている病気に罹っている人がいることを忘れまいと心に誓いました。

 もうひとつ大事にしているのは、イメージ、ビジュアルを喚起する話にすることです。健康について知ってもらおう、啓蒙しようというときに、説教臭くなると、とたんに自分のことではないと拒否されてしまいます。身近な問題や喩え話にして捉えてもらい、他人事じゃないと思ってもらう。イマジネーションに訴えて、自分のことのように感じてもらう工夫をするのです。

 たとえば3人に1人ががんになるという統計があります。いくらきれいなグラフや資料で見せても、自分とは関係ないと思いがちです。でも横一列に並んで座っているお客さんに、「両隣の人ががんでなければ、あなたががんということです」といえば聞いた方は、自分がそうかもしれない、と思って一生忘れないでしょう。