大学・企業と連携し、最先端のリサーチを実践
── KELの現在の主要な研究テーマはどのようなものでしょう。
金子 主に「消費者研究」です。アンケートを主体とするマーケティングリサーチより客観的かつ深く消費者を理解する手法として、脳の活動や生体計測から心理分析を行うニューロマーケティングに近い研究をオランダ応用科学研究機構(TNO)やワーヘニンゲン大学と連携して進めています。
── 製品開発ではなくマーケティング分野なのですね。日本ではなく、また、市場に近いとは言い難い大学で、あえてマーケティングに取り組むメリットはどのあたりにありますか。
金子 ひとつはワーヘニンゲン大学のブランド力です。これは、国際学会やシンポジウムに参加して感じていることなのですが、食の消費者研究自体は、日本よりも欧州の方が進んでおり、食と農や消費者研究の先進地から発信する方が、日本から発信するより影響力もインパクトも大きいと感じています。また、現状、キッコーマンはフードバレー内の唯一の日本企業なので、そういう意味でも注目されやすいというメリットがあるのではないでしょうか。
もうひとつはワーヘニンゲン大学の多様性です。ここには世界各国からさまざまな人材が集まっていますから、多様な文化背景を持つ被験者の協力が得られやすく、グローバルな商品のマーケティングリサーチに適しています。最近も、ある調査で70人ほどの被験者に協力いただきましたが、まさに十人十色の興味深い反応が得られました。キッコーマンの醤油は日本発祥の調味料ながら、今や世界100ヵ国以上で販売されています。しかし、世界ではまだまだ日本国内のような「醤油のイメージ」が確立していません。醤油を味わったことのない人にどうすれば日常的に食べてもらえるのか。それを考えるうえで、このようなグローバルな環境は適していると思います。
── 日本における産学連携とはどのような違いがありますか。
金子 日本とは働き方が違うのでそのあたりの配慮は必要ですね。オランダの研究者は休暇をたくさん取りますし、時間に対する感覚は日本企業のそれよりゆっくりしています。しかし、効率性を求める姿勢は日本よりも強いものを感じることが多いです。
たとえば、オランダ人は論文を書くのがすごく速い。英語を母国語としない国としてはかなり英語が得意で、日本人なら徹夜するような文書でも、サッと書いて5時には帰ってしまいます。どうしているのかといえば、日本の研究者は、研究の構想、実験から片づけ、論文書きまでひとりでやるのが当たり前ですが、こちらでは論文を書く人は書くだけで、実験担当は別の人、片づけ担当も別の人というように、仕事を細かくかつ明確に分担しているのです。そこで、余った時間は考えるために使ったり、プライベートな家族の時間に充てたりできる。自分の一番の強みを生かせる仕組みができていると感じますね。
このような目的に向かって効率よく進む姿勢を受容することでプロジェクトを進めていくうえでの効率性につながりますし、自分たちの仕事の進め方を最適化するうえで非常に有効な関係になっていますね。
── 進出企業同士のつながりも強いのでしょうか。
金子 学会でさまざまな食品企業の研究部門の発表を聞いたり、ワーヘニンゲン大学やTNOの研究プロジェクトに他の企業とともに参加したりと、研究領域の近い企業との接点は多いですね。企業と研究者の連携や共同研究開発などをさまざまな形でサポートしている「フードバレー財団」にも加盟しているので、立地企業や研究機関との交流も活発です。
また、オランダは起業家支援が盛んで、ユニークなスタートアップがどんどん出てきています。特にこの近隣では、土を使わずに農作物を育てたり、魚の養殖と野菜栽培を組み合わせた循環農業システムを構築したりといった、新しい農業に取り組むスタートアップが本当に多く、さまざまな新しいビジネスアイデアに出合えます。日本でこうした技術を知るのは完成してからとなりますが、ここにいれば研究の過程でも接点が持てます。これも日本では得がたい価値のひとつです。