第1部
従業員はどんな気持ちで働いているか
――それを知ることが最初の一歩

「従業員のコンディションがよい」と自信を持って言い切れる経営者は、どれほどいるだろうか。働く人々のコンディションが少しでもよくなれば、それが業績にも大きなインパクトを与えるはずだ。「人を大切にする経営学会」会長の坂本光司氏は、「従業員を最も大切にすべき」と説く。それが従業員のやる気を引き出し、顧客への価値提供と業績向上につながる。第1部では、「人を大切にする経営」とはどのようなものなのかを坂本氏に解説してもらい、続く第2部ではそれを実現するための方法について詳しく紹介する。

人を大切にするために
多額の費用は必要ない

経営学者
人を大切にする経営学会 会長
元法政大学大学院教授
坂本光司氏

1947年静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長などを歴任。専門は中小企業経営論、地域経済論、福祉産業論。これまでに8000社を超える中小企業を訪問し、調査・アドバイスを行っている。『日本でいちばん大切にしたい会社1〜6』(あさ出版)、『「日本でいちばん大切にしたい会社」がわかる100の指標』(朝日新聞出版)など、著書多数。

「社員が思ったように働いてくれない」「せっかく一人前に育った社員が辞めてしまう」といった悩みを持つ経営者は少なくないだろう。「人」は経営者にとって常に重要なテーマだ。

「人こそ競争力の源泉」と語る経営者は多いが、その企業が本当に従業員を大切にしているかというと、疑問を抱かせるケースが少なくない。ベストセラーである『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズの著者で、「人を大切にする経営学会」会長を務める坂本光司氏はこう語る。

「私はこれまで8000社の企業を訪問し、経営者や現場の方々から話を聞いてきました。その中の800社は、本当に人を大切にしています。それは、子供や孫に入社してもらいたいと思えるような企業です。そして、人を大切にする経営を通じて、結果を出し続けている。経営環境がどれほど変化しても好業績を維持している会社は、例外なく人を大切にしています」

 逆に言えば、9割の企業はその水準に達していない。「人を大切にする」が掛け声だけという企業、業績を優先するあまり従業員の負担ばかりが増えている企業もあるだろう。「そうはいっても、業績のほうが大切」「もう少し余裕が出てから考えたい」という経営者も少なくないだろう。

 しかし、必ずしも多額の費用をかける必要はないと坂本氏は言う。

「例えば、従業員の誕生日にレストランの食事券を贈る程度でもいい。働く一人ひとりのことを、経営者が真剣に考えているという姿勢を示すことが大事。企業にとって顧客が重要であることは当然ですが、だからこそ、従業員を最も大切にしなければなりません。顧客に価値をもたらすのは、従業員にほかならないのです」