社長と社員の関係も
フィフティ・フィフティ
楠木 これだけ情報の流通が激しい世の中で、成功している企業があれば、誰でもすぐに分かるし、まねしようという企業が出てきます。
ところが、強い企業はいつまでも強いということがある。他社はなかなか追いつけない。それはなぜかというと、優れた戦略ストーリーには競争相手が「まねしたくない」と思うような何かが含まれているからだと私は考えています。
「やりたいけどできない」のではなくて、「そもそも、やろうと思わない」あるいは「やりたくない」と思わせる何か。私はそれを「戦略ストーリーのクリティカル・コア」と言っています。「業界の非常識」を貫いているアイルにも、それがあるのかもしれません。
岩本 他社では現場の営業がお客さまに喜ばれる提案をしようと思っても、社内稟議が通らないという話を聞くことがあります。当社の場合は、現場での意思決定は社員一人一人に任せています。私でも現場の社員でも同じ意思決定をすることが分かっているので、いちいち稟議書を上げたり、社内会議を開いたりする必要はありません。
機関車は先頭の車両が客車をけん引して走りますが、われわれは全員にモーターが付いている新幹線のようなものです。ですから活気もあるし、勢いもあります。
楠木 岩本さんと現場の社員が同じ意思決定をするという自信は、どこから来ているのですか。
岩本 「月次報告会議」(月報会議)を毎月欠かさず開催し、財務内容や会社の現状、今後の計画などを、マイナス情報も含めてオープンに伝えて、全社員で共有しているからです。
月報会議では、私が書いた「社長所感」も発表しているのですが、直近の市場動向や社会情勢などを織り交ぜながら、ビジネスに対する基本的な考え方を伝えています。ですから、私と社員のベクトルは常に合っていると思います。
楠木 私がいつも思うのは、商売に大発見はないということです。普通の人が普通の人を相手に商売をしているわけですから、結局、当たり前のことを当たり前にやるしかない。ところが、その当たり前のことが、現実にはなかなかできない企業が多い。その理由は、戦略が「箇条書き」になっていて、「ストーリー」としてつながっていないからです。
競争相手とのいろいろな違い、つまり差異化要因を一つのストーリーとしてつなげることで競争優位が生まれるのですが、アイルの場合は、岩本さんによるベクトル合わせによって、一つのストーリーにつながっていると言えそうですね。
ところで、アイルの社員数は今、何人くらいですか。
岩本 650人を超えました。
楠木 それだけの規模になってくると、ベクトル合わせも難しくなりませんか。
岩本 特に難しさを感じることはありません。私は「社長と社員の関係もフィフティ・フィフティだ」と言っていて、経営者と社員一人一人の距離が近いことで、ベクトルが合わせやすいのだと思います。
今は毎年40~50人を採用し、このうち3分の2が新卒です。会社説明会には私が出ていって、「アイルで働く上では、会社のカラーに染まる必要はない。自分の個性、価値観を大切にしてほしい。アイルとみんなの個性が融合したときに新しいアイルカラーが生まれる」と言っています。
社員が、私に何でも直接進言できる「メッセージメール」という制度があります。全シーズンカジュアルウエア通勤や昼食休憩時間の15分前倒し、新卒採用エントリーシートへの大学名記入不要など、メッセージメールの提案を採用した例は幾つもあります。
自分が正しいと思ったことは、誰に対しても正しいと言える風土を今後も大切にしていきたいと思っています。
楠木 ITを導入する目的のほとんどは効率化やコスト削減ですが、これからは売り上げを伸ばす、事業を成長させるためのIT活用が重要ですね。しかし、これはコスト削減よりはるかに難しい。
岩本 おっしゃる通りです。当社はリアルのITとウェブシステムの両面から商品・サービスを開発・提案する「クロスオーバーシナジー戦略」を推進していますが、それはまさにお客さまがトップラインを伸ばし、事業を成長させるためのものです。
リアルとウェブをシームレスにつなげたシステムの提案、開発ができる会社はほとんどなく、今はそれが当社の最大の強みになっています。
お客さまの成長にとって正しい提案を、今後も続けていきたいと思っています。
株式会社アイル https://www.ill.co.jp/