若者の危機感は、就職活動に対してよりテクニカルな武装をすることにも見て取れます。大学においては、自己を分析し、タイプ分けしたうえで、(入社してもいない)組織に自分がどのような貢献をできるか自分なりに考えて、採用面接時にアピールする学生がいます。
しかし、採用を担当する企業の人事は、学生の採用基準を大学生活の延長線にではなく、会社に入った後の伸びシロ=ポテンシャルにおく傾向が見てとれます。
なぜならば、個人の考える「私の」適性と、個人と会社の間ですり合わせながら生まれていく「あなたの」適性とは必ずしも一致しないからです。組織には組織の論理があり、人的資源が限られています。個人的な希望がすべて通るわけではありません。
保守志向の強い学生が集まる傾向のNTTデータでは、特にその問題が表面化しています。
「新入社員の配属時に『自分はこれがやりたかったのに』という声が上がることはよくあります。こちらは、そんなつもりで採用していないのですが、結構、守りが強いというのか、自分の考えをフレキシブルに広げられないというか、自己分析の結果にとらわれすぎていると感じることがあります」(NTTデータ 人事部 藤本氏)
一昔前は、「自分にはこういう仕事が向いています」とアピールする人材は、主張がはっきりしているとして重宝されたものですが、事業環境の流動性が高くなった現在は、逆に扱いにくさや融通の利かない感じが目立ってしまいます。
一方、「自分は何でもやります」という人材は、アピールが足りないだけに優柔不断であるとマイナスの評価をされがちだったのですが、実は変化に対して柔軟であると見直される傾向にあります。
コミュニケーション能力の
高い「イエスマン」
自己分析、自己主張の強い人材への否定的な見方が広まっていることを、変化対応という点からひも解くと、今、企業が求めている一つの人材像が見えてきます。それは、仕事の現場で、自分に求められる役割をまずは引き受けることのできる人材です。
これを新しいタイプの「イエスマン」として分析してみましょう。