新型コロナウイルス感染症が各方面に劇的な変化をもたらす中、企業が社会価値と経済価値の同時追求を目指すCSV(共通価値の創造)経営にあらためて焦点が当たっている。日本の大手企業ではいち早くCSV経営に乗り出した先駆者であるキリンホールディングス(HD)でCFO(最高財務責任者)とCIO(最高情報責任者)を兼ねる横田乃里也取締役常務執行役員と、デロイト トーマツ グループの2人の執行役員が、CSV経営やDX(デジタルトランスフォーメーション)をテーマに語り合った。
震災復興に向けた取り組みから
CSVが社内の共通言語に
信國 不確実性の高い環境下において、御社が経営と仕事の中心にCSV(共通価値の創造)を置かれている背景や狙いとは何でしょうか。また、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、社会価値と経済価値を追求するCSVがあらためて社会の注目を集めていますが、御社内や投資家などの反応はいかがですか。
横田 当社は2013年からCSV経営を掲げています。一つの経緯として、40年前にビール醸造で培った発酵・バイオの技術を活用して医薬品の製造を手掛けてきたことが挙げられます。医薬事業を通じて患者さんの病気の治療に貢献することは社会価値の高い取り組みであり、CSVと言い始める前からやってきたことでもあります。
11年に東日本大震災があったとき、私はキリンビールの仙台工場長を務めていました。罹災した工場の立て直しを一生懸命やりながら、同時に被災地域の復興支援についても3年間にわたり60億円を拠出して取り組んできました。当時のCSR(企業の社会的責任)担当役員が今のキリンホールディングス社長の磯崎功典です。その後、社長に就任し、CSVを戦略の中心に据えたのも、磯崎です。
当社がCSV経営を掲げ始めた13年当時、いまだ復興のめどが立たない被災地の中でも、福島県の農産物が特に風評被害に遭っていました。これを何とかしたいという思いから磯崎が指示したのが、商品を通じた復興支援です。福島産の梨を使ってRTD(Ready To Drink)飲料の「キリン氷結」を製造し、全国販売したところ、大変好評でした。これをきっかけに、今も地域特産の果実を使って地域の魅力をお届けする氷結シリーズ「いいね!ニッポンの果実」を発売しています。
事業を通じて社会課題を解決していった1つのモデルであり、これこそがCSVだと社員が理解したきっかけでもあります。そこからずっと言い続けることで、CSVは社内的にはもはや共通言語になったように思います。コロナ禍において、その認識は投資家や社外のステークホルダー(顧客や投資家、社会などの利害関係者)の皆さまにも広がっている印象です。
キリンが「ヘルスサイエンスに取り組みます」という話をすると、かつては一部の投資家から「なぜ、本業と関係ないことをするんだ」と言われたものですが、CSVの観点からも事業ポートフォリオのバランスという点からも医薬事業の重要性が理解され、今はむしろ「もっと早く成果を出してください」という応援の声が強くなっているほどです。
コロナ禍の中で、社会課題に向き合うことは正しい方向だと思いますし、健康、環境、地域社会などの社会課題を解決しながら、新たな価値を生み出していくことが企業の果たすべき重要な存在意義になっているといえます。
近藤 CSV経営において、横田さんご自身がCFOとして、あるいはキリングループ全体のCFO組織として意識していることはありますか。
横田 やはり無形資産の重要性です。キリングループはマーケティング力、R&D(研究開発)、ICT(情報通信技術)、人材・組織の4つを主な無形資産として挙げており、そこから事業を発展、成長させ、経済価値を生み出していくシナリオを描いていますが、なかなか評価が難しいところです。
例えばブランドであれば、無形資産として定量的な評価もしやすいと思いますが、R&DやICT、人材・組織は簡単ではありません。ここが強いから、こういうバリューが生まれますよという、しっかりとした価値創造ストーリーをステークホルダーに示していくこと、経済価値と社会価値のそれぞれについてできるだけ定量化したゴールを示して伝えていく。それと同時に、社内ではモニタリングを行いながら、ゴールの達成をより確度の高いものにしていくことが、CFOとして、また経営チームの一員としての重要な役割だと考えています。
4つのうち、マーケティング力についてはこれまでいろいろなチャレンジを通じて磨いてきましたので、それが商品ブランドや企業ブランドに結実し、数字として見える形になってきていることは成功事例だと思います。ただ、ICTや人材・組織については強みである一方で、まだまだ課題を抱えているのも事実です。会社が変革しようとするときに、スピーディーに変わっていく際の足かせにもなりかねません。