グローバル金融プレーヤーのデジタルシフト事例

――金融サービスのDXの事例として、先進的なものを幾つか教えてください。

松原 バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)は、コロナ禍以前よりデジタルサービスに積極的に投資してきました。その一つが、モバイルアプリに組み込まれたチャットボットサービス「エリカ(Erica)」です。2年以上の歳月をかけて独自に開発した精度の高い自然言語認識が特徴で、モバイルユーザー3100万人のうち1700万人が日常的に利用しています。

Ridgelinez
Manager
松原義明

 例えば、エリカに「先月、スーパーで食料品をいくら買ったか教えて」と聞くと、自動的に金額を集計して表示します。デジタルへの積極的な投資が奏功し、バンカメではリテールバンキングの収益に占めるデジタル経由の比率が急増しています。

 世界で最も進んでいるデジタルバンクの一つが、シンガポールのDBS銀行です。デジタルチャネル、生活起点での金融サービス提供を強化しており、不動産や自動車の売買仲介、フライトやホテルの予約などができるオンラインマーケットプレイス機能も提供しています。その結果、現在ではデジタル経由での顧客からの事業収入が72%を占めるまでになっています。

――バンカメやDBSがデジタルシフトに成功した要因は何ですか。

松原 デジタルシフトは一時的に取り組めば終わりではなく、継続的に実行していくことが肝心です。そのためは、「内製化」が重要なポイントの一つになります。システムやアプリケーションを開発するケイパビリティ(組織的能力や強み)を保有し、経営の中核的課題としてDXを実行し続けることが成功の要因といえます。

 DBSもかつては、ITベンダーに外部委託してシステムを開発していたそうですが、現在では8~9割を内製化しています。行員に対して継続的なテクノロジー教育を実施する機関が行内にあり、データアナリティクス、AI(人工知能)、デジタルセキュリティなどの専門家も育成しています。一方で、テクノロジー人材を延べ2000人、新たに雇用しました。

 大手投資銀行としてよく知られる米ゴールドマン・サックスは、デジタルを駆使したリテール(個人向け金融)事業に参入しました。モバイルバンキングの「マーカス(Marcus)」というサービスを開発したのですが、計2600人のプロジェクト要員のうち1000人が技術者です。

 全体の3分の1がゴールドマン・サックスの既存社員、3分の1がテック企業の出身者、残りが金融とは関係のない民間事業会社の出身者という混成部隊で、いわゆるアジャイル開発の手法を駆使しながら、サービスの設計、オペレーションの構築、そしてサービス開始までの開発プロセスを1年未満で完了させました。

――国内にも先進的といえる事例はありますか。

隈本 例えば、三井住友銀行は、メガバンクの中でもモバイルアプリの評価が高いことが特徴ですが、そのポイントは高い更新頻度にあります。

 モバイルアプリの更新頻度と、アプリを提供するプラットフォームにおけるユーザー評価の相関関係を見ると、更新頻度が高い金融サービスアプリほど高評価であることが分かりました。

 三井住友銀行では平均して2週間に1度、アップデートを実施し、UI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザー体験)を洗練させていきました。かなり驚異的なスピードですが、同行でもアジャイル開発の手法を活用しながら、外部のUXデザイナーなどとも緊密に連携しています。