同地区への多様なブランドの参入に加えて、ヒルトンには“リブランド”に強いという大きな特徴がある。リブランドとは、ホテルをゼロから立ち上げる新規開発ではなく、既存のホテルをヒルトン系ブランドへコンバージョンする形態のこと。ヒルトンが国内で展開する19軒のうち、「ヒルトンニセコビレッジ」「ヒルトン東京お台場」など計8軒がリブランドだ。
基本的にヒルトンはホテルの運営会社であり、オーナーに代わってホテルを運営することでフィーを得ている。主軸となるビジネススキームは、ブランド名と予約システムを提供するフランチャイズとは違い、自社の支配人が就任し、自分たちのレートポリシーでホテルを運営する、フランチャイズよりもホテル運営への関与の度合いが高い“運営受託”である。ヒルトンでは、この“運営受託”を基に、ホテルのリブランドを積極的に行っているのだ。
「リブランドは、オペレーターにとっては非常に魅力的な形態といえます。なぜなら、契約の締結から竣工までに何年もかかる新規開発と違い、リブランドの場合はそのマーケットにいち早くフラッグを掲げることができるからです。例えばリゾートホテルでは、チームメンバー(従業員)の確保やローカルコミュニティーとの協力体制が必要となり、さらにその地域の魅力を世界に発信していくなど、運営自体がチャレンジングになりますが、ヒルトンはそうしたリブランドが非常に得意なのです」
ではなぜ、ヒルトンはリブランドに強いのだろうか? その理由は、ヒルトンが持つ「コマーシャル・エンジン」にある。
リブランドに強いヒルトンを支える「コマーシャル・エンジン」
コマーシャル・エンジンとは、運営力を高めるためのヒルトン独自のさまざまな取り組みのことだ。その筆頭に挙げられるのが、ヒルトンの集客力。ヒルトンには「ヒルトン・オナーズ」と呼ばれる、ゲスト・ロイヤルティ・プログラムがある。いったんヒルトンのフラッグを掲げれば、世界の約1億2300万人の「ヒルトン・オナーズ」の会員が顧客となる。世界中にディストリビューションチャネルが広がっており、その予約システムが機能する。
さらにレベニューマネジメントもコマーシャル・エンジンの大切な項目の一つだ。レベニューマネジメントとは、収益を最大化するために、需要予測を通じて適切な販売管理を行うこと。ホテルの売り上げを増やすためには、実は稼働率だけではなく、部屋の単価を上げることが必須となる。そのためには、売れる部屋と単価の掛け算をマックスにしなければならず、競合ホテルの単価や予約の伸び率に加えて、時系列をさかのぼる精緻な分析が必要になる。
「ヒルトンでは、04年にレベニューマネジメントを専門に行う部署として、上海にRMCC(レベニュー・マネジメント・センター)を自社の一部門として設置し、優秀な人材を集め、そこで集中管理を行っています。以前であれば、各ホテルにレベニューマネージャーがいて、エクセルで時間をかけて分析していましたが、現在はRMCCから適正な“時価”分析が届き、刻々と変わる部屋の価格を設定しています。この仕組みがホテル運営の大きな優位性になっています」
さらに、最新テクノロジーの導入がある。スマートフォン向けの「ヒルトン・オナーズ・アプリ」を使うと、到着前や移動中にチェックインができるデジタル・チェックインや、フライトの座席を選ぶように好みの部屋を選択できるルームセレクト、スマホで客室ドアを開錠できるデジタルキーを利用できる(※)ほか、到着時に冷えたビールが欲しいなど特別なリクエストも可能になる。コロナ禍における非接触のニーズから、デジタルの進化も加速している。
その他、アメリカン・エキスプレスとの提携クレジットカードを発行するなど、パートナーシップを重視してブランド価値の向上に努めているのもコマーシャル・エンジンの一つ。世界的なセールスネットワークを使った営業活動や、グローバルな購買ネットワークを使った品質の良いアメニティー商品などの集中購買も、ヒルトンならではの強みとなっている。
「ヒルトン日本・韓国・ミクロネシア地区のリージョナルオフィスには、Eコマースチームがあり、ウェブサイトのアップデートから口コミ対応まで、国内全てのホテルのサポートを集約して行い、各プロパティの負担を軽減しています。専門領域の役割はバック・オフィスに集約し、その代わりに現場ではチームメンバーを増やして、お客さまへのサービスを向上させている。このようなヒルトンの数々のコマーシャル・エンジンが、リブランドする際の大きな強みとなっているのです」
※デジタルキーを利用できないホテルも一部ある