この「ハ行」を「ファ、フィ、フゥ、フェ、フォ」と発音する現象は、平安時代中期から室町時代末期まで続きます。それは、次のようなナゾナゾからも明らかです。

 母には二度会いたれども、父とは一度も会わじ。 何?

 答えは「唇」です。「母」という言葉を「ハハ」ではなく「ファファ」と、上下の「唇」を2度合わせて発音しているからこそ、答えが「唇」になるのです。

「ニッポン」に統一する動きが
戦前・戦後に起こったが…

 ところが、この「ニフォン」という発音は、江戸時代になると「ニホン」と今と同じような発音になってしまいます。

 とくに、べらんめえ調と呼ばれるような江戸っ子の、早口の会話では「ファ、フィ、フゥ、フェ、フォ」というまどろっこしい発音より、咽から息が勢いよく出る「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ」が使われるようになったのです。

 江戸の「日本橋」が「ニホン橋」と発音されるのはそのためです。

 これに対して、大阪の「日本橋」が「ニッポン橋」と呼ばれるのは、古い平安時代以来の伝統を守った発音をしているからなのです。

 さて、「日本」を「ニッポン」という読みに統一しようとする動きが昭和9(1934)年に起こりました。

 当時は、日中戦争などが始まろうとしていた時期で、軍部が非常に力を持っていた時代です。「ニホン」よりも「ニッポン」という、より力強く聞こえる音にした方がいいという意見が出たのです。

 ところが、皇室を中心とした和歌の伝統のある世界では、「ニッポン」のような促音を好みません。濁点や半濁点、促音などのない世界こそ、清なる和語の伝統だと考えられています。

 こうしたことから、「日本」を「ニッポン」に統一することはできなくなってしまったのです。

 さらに昭和45(1970)年、「大阪万国博覧会」を前に、「日本」を「ニッポン」へという意見が国会で議論されました。しかし、ここでも結論は出ず、問題は先送りにされています。

 「日本大学」は「ニホン大学」、「日本郵政」は「ニッポン郵政」……すでにいろんな呼び方があるものを、統一することは結局できなかったのです。

 ただ、こうした古い伝統的読み方をずっと持ち続けながら、さらに新しい読み方も受け入れていくという態度こそが、日本文化の特色とも言えるでしょう。

 その理由を考えていくと、じつに深い、日本文化の淵源に触れることにもなるのです。

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