「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の”根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも”民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。
世界標準ではない日本の「血統主義」
2013年、現在の天皇陛下がまだ皇太子だった頃にスペインを訪問し、セビリア南西にあるコリア・デル・リオという街で植樹式を行いました。1613年に伊達政宗が派遣した支倉常長率いる慶長遣欧使節団の子孫を訪ねてのことです。
支倉は帰国していますが、そのまま現地に留まった日本人も数十人いたとされ、村には今もスペイン語で日本を意味する「ハポン」という姓の住民が暮らしています。
彼らが本当に日本人の子孫なのか諸説ありますし、400年も経っているのでヨーロッパ人の風貌をしています。しかしハポンさんたちは、「日本の血を引くサムライの子孫だ」と自認しているようです。
当時の次期天皇がハポンさんに会う日程を政府が組むというのは、日本人がいかに日本の血を大切にしているか、その象徴のように思えます。
日本は、世界では珍しい「血統」重視の国。国籍は血統にもとづいており、「同じ人種・日本の血」にこだわります。
日本生まれの日本育ちでも、姿かたちが黒人や白人だと「英語が話せるはずだ」と思い込んだり、差別の対象になったりします。血統主義だから「姿形が日本人と異なる=日本人の血が入っていないに違いない=外国人」と決めつけてしまいがちです。
また、テニスの大坂なおみ選手のように「姿形は違っても、日本人の血が入っているなら日本人」とみなされるケースもあり、これも別の形で表れた血統主義です。
「いくら他の国で生まれ育ったとしても、日本人なのだから日本語が話せるはずだ」という思いがあるから、彼女の母語である英語ではなく、あえて日本語で記者会見をさせたかったのでしょう。
日系ブラジル人に対して日本の労働ビザがスムースに出るのも、血統主義の影響です。しかし、彼らは「自分たちはブラジル人である」と自認していることが多いでしょう。
最近はずいぶん理解が進みましたが、かつては日系ブラジル人に対して、「えっ、田中さんって日本の名前だし、顔も日本人なのに、なぜ日本語を話せないんですか?」などと聞く人もおり、当惑する場面も多かったようです。
血統主義である日本では、国籍は一つ。大坂なおみ選手は日本国籍を取得しましたが、だからといって彼女のアイデンティティが「日本だけ」というのは、ずいぶんと狭いものの見方です。
自らが語るように黒人の血をひく女性であり、アジア系でもあり、アメリカ文化を持ち、ハイチと日本の血統を持つ多面的な存在が大坂なおみという人であり、国籍を日本にしたからといって、彼女の民族性をどれか一つに決めるというのは無理があります。
国籍というのは近代になり、国家というものができてから生まれたシステムにすぎません。
「二重国籍、多重国籍を認め、血統主義ではなく出生地主義をとる」という血統主義の国は日本以外にもありますが、世界全体を見渡せば、これが国籍の大きな潮流です。
また、日本の血統主義者には「血のつながり=同質性」と考える人が少なからずいるので、姿形が日本人と異なるハーフと呼ばれる子どもたちは、不要な悩みを抱える可能性もあります。
ハーフは、英エコノミスト誌で hafu として紹介されている和製英語で、日本における外国人差別の一環とも捉えられています。ダブルやデュアルといったいい方で肯定的に捉える動きも出てきました。
出生地主義で知られるアメリカは、仮に不法移民であっても、アメリカで生まれたらアメリカ国籍が取れるために、ダイバーシティ先進国。多様性を重んじる豊かな社会を作りたいのなら、出生地主義が有利といえそうです。
厚生労働省の人口動態統計によれば、2018年の日本の国際結婚は2万1852組。つまり、両親のどちらかが日本国籍ではない人は、増加傾向にあります。
日本の国際結婚カップルの多くは「日本人と中国人」「日本人と韓国人」で人種としては同じですが、今後は白人、黒人とのインターレイシャルな結婚も増えていくでしょう。
長らく血統主義だったからこそ、日本はこれまで意識してこなかった「人種」について、改めて学ぶ必要があるでしょう。