【CASE】DevOpsの最前線
救急医療のデファクトスタンダードを目指す

戦後日本において、医療現場に国民の目が最も向けられているのは「いま」ではないだろうか。コロナウイルスの感染拡大により全国で医療機関が逼迫し、日本の医療システムの脆弱性が露わとなった。急性期の患者を受け入れる救急医療の現場の負担は増すばかりだ。こうした中、救急医療の課題に取り組むのが、医療ベンチャーのTXP Medicalである。業界のディスラプターといえる存在感を放つ同社は、DevOpsという手法でどのようなインパクトを生み出そうとしているのか。

現場とともに実現する
救急医療のDX

圧倒的なスピードとパフォーマンスで組織を劇変させる「DevOps」の威力TXP Medical 代表取締役
園生智弘

TOMOHIRO SONOO
 2010年3月に東京大学医学部卒業。東京逓信病院にて初期臨床研修後、東京大学医学部附属病院 救急・集中治療部、茨城県日立総合病院 救命救急センターにて臨床業務に従事。2017年8月にTXP Medicalを創業。大規模病院や自治体向けに救急医療ITシステムを提供している。

 医療ベンチャーとして、救急医療のDXに挑戦するTXP Medical。救命救急に特化したシステム「NEXT Stage ER」「NSER mobile」などを展開する。代表取締役の園生智弘氏は現役の医師だ。救急科専門医・集中治療専門医として、現在も臨床現場に立つ。およそ20人の開発チームのうち、フロント開発者の半数が開発者にして医師という異色集団である。

 救急医療の現場は大きな課題を抱える。2021年の救急出動は600万件超。コロナ禍以降、緊急搬送困難事案も急増している。背景にあるのは、救急搬送におけるアナログな業務オペレーションだ。救急隊員は現場に到着するとヒアリング内容を紙とペンでメモを取り、医療機関に電話で伝える。受け入れ可能か否かの返答まで、1病院当たり3~5分程度。この間、病院内では電話リレーし、受け入れ態勢を各部署に確認している。最近は問い合わせ先が100病院を上回り、路上待機時間が8時間に及ぶケースもあるという。

「実は、医療のデジタル化そのものは進んでいるのです。医療機関には電子カルテが、救急隊には搬送支援システムが導入されている。それでも現場がアナログのままなのは、入力の手間がかかり、一分一秒を争う救命救急では役立たないからです」

 救命救急において余計な機能はいらない。必要なのはあくまで「患者搬送に最低限必要な情報」の記録機能、共有機能だと園生氏は強調する。「我々が目指したのは、真に役立つITツールです。手書きと同じくらいのスピードで情報を記載して送信でき、医療現場での情報共有や検索が簡易になるツールでした」

 NSER mobileは音声入力機能によりハンズフリーで情報を記載し、病院に自動送信できる。自宅からの患者搬出といった作業中も利用可能だ。お薬手帳やモニター画面などの画像もOCR機能で重要な情報を自動抽出する。医療機関はオンラインで情報を確認、メッセージアプリなどで共有する。

 NSER mobileを利用した茨城県日立市の実証事業では、2病院目で搬送が決まった場合の現場滞在時間が平均で2分30秒短縮した。「現場の救急隊は滞在時間を30秒縮めるために涙ぐましい努力をしている。平均値で2分半短縮できたのはセンセーショナル」と園生氏は胸を張る。

 FileMakerを使い、DevOpsでシステムを開発している同社だが、「医療現場からフィードバックを受けた場合、ほかのツールなら改修と反映に数日はかかるところ、FileMakerならその場で完了する場合すらある。圧倒的なスピードは競争優位性にダイレクトに影響しています」と園生氏。医師もFileMakerを使い慣れた人が多く、話が通じやすい。言わば医療現場とチームを組み、DevOpsを実践している状態だ。

 患者情報のフォーマットは自治体によって多少体裁に違いがあるため、カスタマイズにはスピーディかつ臨機応変に対応する。FileMakerという自由度が高いプラットフォームで DevOpsを高速で回せているからこそできるのだという。

真に使えるシステムのため
譲れない開発ポリシー

 スピーディな対応力にはもう一つ理由がある。体裁こそカスタマイズするが、システム仕様そのものは変更を加えないという、開発ポリシーを貫いているからだ。だからこそ少ない工数で顧客満足度を高められるし、障害が起きてはならない自治体システムにおいて安定稼働を実現できる。「フィールドの追加は社長決裁です。いまや救急医療情報の項目はほぼ全国共通なので、追加データは本来必要ない。逆に一地域だけシステム仕様を変更したら汎用性を損ない、スケールできなくなる。救急医療の現場で真に使えるシステムをつくるというパーパスを実現するには、安定稼働という開発ポリシーを守らなければなりません」と園生氏は強調する。

「すでに大学病院・救急救命センターにおけるNEXT Stage ERのシェアは28%に及びます。業界最大手のシェア40%を超えれば勢力地図を塗り替えられる」と園生氏は手応えを語る。NSER mobileも8つの自治体で実証事業としての導入が進んでおり、人口カバレッジは200万人に迫る。

 医療や自治体のシステムを巨大なSIerが寡占する中で、同社が業界のディスラプターとなりえたのはなぜか。「自社の強み、開発ポリシーを明確に言語化しているからでは。そこに共感いただけるからこそ、現場の方々も〝救急医療のDXをともに実現するパートナー〟として我々を見てくださっているのでしょう」

 互いのリスペクトと信頼がDevOpsのエンジンとなり、真に使えるシステムへとつながっている。救急医療のデファクトスタンダードを目指す同社が、業界に革新的なインパクトをもたらす日も近い。

 

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