不確実性が高まる一方の現代において、変化に対して柔軟かつ迅速に経営をアジャストさせるには、データマネジメントを中核とした企業活動全般の変革が不可欠となる。その前提となるのが、ファクトの収集・評価、ファクトに基づく予測という科学的経営の実践だ。AIアルゴリズムによる科学的経営をRidgelinez(リッジラインズ)の野村昌弘氏が解説する。

マネジメントを
自然科学に進化させる

「不確実性の時代に求められるのは、自社の経営を取り巻く状況について、人の恣意や思い込みを排し、自然な状態としてありのままにとらえること。すなわち、マネジメントを自然科学へと進化させることです」。こう話すのは、企業のDXを支援するコンサルティングファーム、リッジラインズの野村昌弘氏だ。

Ridgelinez プリンシパル ビジネスサイエンス
野村昌弘
MASAHIRO NOMURA
流通業、製造業におけるSCM(サプライチェーンマネジメント)改革、業務改革、IT戦略コンサルティングを多数手がけ、その後、富士通の経営戦略室にて経営戦略策定業務に従事。近年はAIを活用した企業変革、業務変革(業務AIモデリング)コンサルティングを主導。

 同氏が率いるビジネスサイエンスチームでは、多層・複雑に絡み合った現実の問題を経営工学や情報工学を駆使して〝モデル化〟し、シナリオ策定とシミュレーションに基づいて施策立案・実装を行うことで、「マネジメントの自然科学への進化」をサポートしている。

 その出発点は、「自然な状態をファクト(=データ)として把握すること」(野村氏)にある。それができていれば、状況の変化もまたデータとして正確にとらえることができ、変化に対して柔軟かつ迅速に経営をアジャストさせることが可能になる。

 前提となるのは、「ファクトの収集」「ファクトの評価」「ファクトに基づく予測」というプロセスを科学的・機械的に実行することであり、「アルゴリズムによる実行」と言い換えてもいい。これには、「データマネジメントを中核とした企業活動全般の変革が必要です」(同)。

 ファクトの収集・評価まではERP(統合基幹業務システム)の整備によって実現できている企業もある。しかし、予測の部分は「見込み」という形で人為的に行っているのが実態である。「見込み」は各部門から集めた表計算シートを集計し、作成しているケースがほとんどだ。これでは集計作業だけで膨大な時間がかかり、変化に対して迅速に対応できない。加えて、各部門の「見込み」には人の恣意や思い込みといったバイアス(ノイズ)が入り込んでおり、それを集計した会社全体の「見込み」はさらにノイズが増幅され、ファクトに基づく予測とはかけ離れたものになってしまう。

 一方、AIアルゴリズムの進化によって、より複雑な状況下においても精度の高い予測を算出できるようになってきた。アルゴリズムの利点は、データさえ間違っていなければ科学的・機械的に予測を導き出す点にある。もちろん、そこにノイズが入り込む余地はない。

「データマネジメントを中核とした企業活動全般の変革を実現するためには、人為的な予測をAIアルゴリズムによる予測に置き換えることが最大のポイントとなります。そして、ファクトに基づいてアルゴリズムで予測するには、人手や心理的なバイアスを排したロー(生の)データを自動的に収集し、AIに学習させる業務プロセスを構築する必要があります」と野村氏は説明する。

 リッジラインズが支援した企業事例をもとに具体的に説明しよう。化学メーカーA社が利益シミュレーションにより生産・調達の最適化を図り、利益最大化に取り組んだ事例だ。

 A社は、複数の事業部で石油化学製品を製造しているが、原料となる基礎化学品をどう配分するかという問題が発生していた。原料は市況に応じて価格が変動することから、どの事業部が、どの原料を、どれだけ使うかによって、利益が変動する。各事業部が部分最適で利益を追求しても、会社全体の利益最大化には直結しないという問題があった。

 そこで「What-Ifシミュレーション」を用いて、外部環境・内部環境を踏まえた販売・生産・調達の最適値の予測と製品ミックスのシミュレーションを実施。それに基づいて各事業部への原料配分を決定することで、全社利益の最大化を図った。

 予測・シミュレーションに基づく経営を実行するために、A社ではサプライチェーンのコントロールタワー機能を新設した。このコントロールタワーが、予測・シミュレーションを駆使しながら、事業部間の調整を行うのである。「AIアルゴリズムによる科学的経営に変革したことで、A社の経営会議は事業部間調整の場から、打ち手中心の議論の場に変わりました」(野村氏)。