社内の分断に危機感 設置された「DX推進委員会」

秋枝 外注先の話ではないのですが、当社が4年前に本格的にDXに取り掛かることになったとき、直面したのは社内の事業部門とIT部門との間にできた溝でした。当社のIT部門は十数年前に専門家集団として独立、当初は事業部門からアサインされた人員もいましたが、その後IT人材として雇用した者も増え、今では事業の現場を知るメンバーはほとんどいなくなってしまいました。

 逆に事業部門の人間も、事業のことには精通しているものの、ITを活用したらどういうことができるかが分かりません。そこで何かIT関連の依頼があると、「うまくやっといて」といった依頼になりかねません。これでは外注先への「丸投げ」と変わらず、ビジネスプロセスを変革していく際には障壁になります。この分断の解消が、最重要課題だと痛感しました。

国本 ビジネスの現場と、ITベンダーなど外部リソースも含めたIT部門との分断は、企業の大きな課題の一つです。ビジネスサイドのことを知らない、エンジニアのことが分からないというのでは、ビジネス全体のアジリティー(俊敏性)が上がりません。DX推進において行うべきことは、部門を横断して一つのカルチャーを醸成していくことであり、貴社が設置された部門横断の「DX推進委員会」は大きな意義があると感じます。

秋枝 DX推進委員会は、事業部門とIT部門の溝を埋め、全社一丸となってDXを推進するビークル(目的達成のための組織体)です。これは、ビジネスを「事業」と「機能」のマトリクス(縦軸と横軸の掛け合わせ)で捉える試みです。例えばキリンビール、キリンビバレッジという事業会社それぞれに、製造部門もあれば物流部門も営業部門もあるわけです。これを、事業を縦軸に、製造、物流などの機能を横軸に分解します。それによって、事業は違っても同じ機能同士での横連携が可能になります。

国本 ビジネスをマトリクスで捉えるDX推進委員会とDX道場は、どのようにリンクしているのでしょうか。

秋枝 道場で今後増やしていきたいと考えているのは、ある程度プログラムが書ける師範です。この師範を、DX推進委員会の中核人材として、事業×機能の交差する所に配置できたらと考えています。師範は事業部門の人材で、ビジネスの専門性7、ITの専門性3が理想と考えています。一方IT部門で求めているのは、逆にビジネスの専門性3:ITの専門性7の人材です。双方がコミュニケーションを取ってこそ、プロセス改善や事業変革につながると信じています。

国本 IT部門の3:7に当たる人材の育成はどのように進めているのでしょうか。

秋枝 IT部門については、事業部門との人材交流を進めています。ずっとIT部門にいるのではなく、事業会社の仕事を3年間ほど経験するような仕組みを作ろうとしています。こうして事業部門とIT部門を掛け合わせてデジタル人材の総数を増やすことでDX内製化を進めているわけですが、ITに関する全てを社内で賄えるとは思っていません。今後も外部のパートナーは必要です。案件ごとに最適なパートナーを選定し、対等に対話しながら、解像度の高い発注ができるようにしておかなければいけないと思っています。

国本 最後に、DXの端緒がつかめずにいる企業に、どのように声を掛けるべきか教えていただけますか。

秋枝 私たちが格別進んでいるとは思いませんが、言えることがあるとすれば、別に慌てる必要はない、ということです。すごいことを大急ぎでやらなければと思うと、足がすくみます。まず小さな一歩を踏み出すことが重要であり、私たちもそうでしたが、最初は先行者をまねることから始めればよいと思います。

 

デロイト トーマツ ウェブサービス
国本廷宣
代表取締役
システムインテグレーターにて大規模システム設計・構築、運用に従事した後、2009年にMMMを設立。クラウドネーティブ、アジャイル、DevOps領域で多くのプロジェクトを主導。21年、MMMの全株式をデロイト トーマツ リスクサービス(現デロイト トーマツ リスクアドバイザリー)に譲渡、デロイト トーマツ ウェブサービスに社名変更し現職。

キリンホールディングス
デジタル担当 経営企画部長※
秋枝眞二郎
常務執行役員
1988年キリンビール入社。ビールの営業・営業企画に従事。2010年に台湾の販売会社である台湾麒麟啤酒社長を務めた後、メルシャン、キリンビバレッジ、キリンビールの企画部長を歴任。19年キリンホールディングス経営企画部長に就任。20年からDX戦略室長を兼務し、22年より常務執行役員としてデジタル戦略を主導。

※秋枝氏の肩書は取材当時のものです。

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