未来の稼ぐ力はどう生まれるのか
インパクトパスで明らかにする
PwC Japanでは、バリューチェーンが正の循環構造になっているかを検証するサービス「将来財務へのインパクト可視化支援:Sus-tainability Value Visualizer」(以下SVV)を独自開発したそうですが、全体像を教えてください。
磯貝:入り口であるインプットと出口であるアウトカムをつなぐ経路を、我々は「インパクトパス」と呼んでいます。図表1のように、ブラックボックスだった中間プロセスを可視化する点が、SVVの特徴です。
インパクトパスの可視化に当たり重要な役割を果たすのが、「未来の稼ぐ力」です。企業活動と将来財務を結び付ける力のことで、オペレーション力、イノベーション力、人材活用力、原材料調達力、顧客ニーズ適合力、規制・社会要請適合力、資金調達力の7つがあると我々は考えています。それぞれの稼ぐ力の重要度や優先度は業種やビジネスモデルによって異なりますが、稼ぐ力そのものが資本増強の源泉であることから、経営者の方々にとっては関心の高いキーワードのようです。
SVVでは、自社のサステナビリティ戦略をもとに6つの資本がどう投入され、未来の稼ぐ力にどう結び付いたかを、インパクトパスでつなぎ、因果の連鎖を可視化します。そのうえでどれくらい利益増加や機会損失減につながっているか、6つの資本の増強や毀損の程度をさまざまなデータをもとに数値化します。
日本企業の皆さんはこの数値の正確さにこだわりますが、これらは「未来の仮説」ですから、厳密に正確な数値を出すことは不可能です。私たちは数値の正確性よりも、「方法論を開示し、いま得られる最良のデータを使って推計すること」「徐々に方法論や数値の正確性を改善すること」のほうが重要だと考えていますし、世界の先進企業もそのようにして経営判断に使っているのです。
林:KPI間の相関関係を見ることで、将来財務につながるパスがどこにあるのかがわかります。パスをたどる途中で、施策やKPI同士の思いもよらないつながりが見えてくることもある。たとえばある企業では、CO2排出量削減に注力していたけれど、水質保全のほうが将来財務インパクトとの相関関係が強かったという意外な事実がわかったケースもありました。
なお、インパクトパスは「資本別」に詳細な分析をすることもできるし、全社レベルで価値創造のプロセスを「資本横断」で描くこともできる。「施策別」に分解して、より精緻な投資判断の材料にすることも可能です。ニーズによって粒度を変えながらカスタマイズできるフレームワークだといえるでしょう。また、業界やビジネスモデルによって投入できる資本やそのウエイトが異なりますので、「業界別」のテンプレートも用意しています。自社に合った形でSVVを活用いただけます。
もしインパクトパスの可視化によって、負の循環はもちろん、投資対効果の低いインプットが散見されれば、サステナビリティ戦略とそのベースとなるマテリアリティ(重要課題)特定が間違っていた可能性も考えられます。SVVはその見直しにも効果を発揮します。
施策やKPIの効果測定に加えて、効果的な戦略策定につなげた企業事例はありますか。
磯貝:ある大手食品メーカーでは、農家に対する持続的農業の支援に取り組んでいました。一見するとCSRの一環とも取れる施策でしたが、SVVで将来財務インパクトを可視化したところ、意外なことがわかりました。原材料調達力をはじめとする未来の稼ぐ力が蓄積され、長期的に大きなリターンにつながることが明らかになったのです。支援規模を拡大すべきではないか、横展開もできるのではないかなど、目下、戦略の拡充を検討しているそうです。
さらに同社で注目したいのは、コーポレート部門だけでなく、事業部門にもSVVを導入している点です。自分たちが狙うセグメントにどの施策が効くかなど現場が自律的に分析するようになり、長期的利益を生み出す好循環を全社で回す意識が根付いてきたといいます。
サステナビリティ戦略を適切に定めて顧客コミュニケーションができれば、その購買行動に大きな影響を与え、商品価格を押し上げたり、市場を広げたり、トップラインを伸ばしたりすることにつながります。つまりは、サステナビリティが自分たちの業績に直結するということです。それが腹落ちしない限り、現場は腰を上げません。経営戦略を社内に浸透させるうえでも、SVVは有効なソリューションだと思います。