企業には、持続的な成長の実現に向けた「聖域なき事業ポートフォリオ改革」が求められている。そこで有効な手段の一つとなるのが、ノンコアの事業や子会社を切り出す「カーブアウト型M&A」だ。しかしながら、事業売却ならではの高い障壁が立ちはだかるカーブアウトに二の足を踏む企業も少なくない。成功に導くためには何が必要なのか。M&Aのプロフェッショナルである西川大介氏に、その要諦を聞く。
カーブアウトの障壁を
どう乗り越えるか
編集部(以下太文字):コングロマリットディスカウントに対する市場からの圧力が高まる中で、事業ポートフォリオ改革において企業はどのような課題を抱えていますか。
執行役員 成長戦略開発センター長
西川大介
DAISUKE NISHIKAWA大学院修了後、大手プラントエンジニアリング会社にて海外プラント建設に従事。その後、大手コンサルティングファームでPMI(買収後の統合作業)、大手証券会社でM&Aアドバイザリー業務に従事。2010年に日本M&Aセンターに入社。通算20年超に及ぶM&Aの実務経験を積む。現在、上場会社に特化してM&Aサービスを提供する部門を率いる。
西川(以下略):特にジレンマを抱えているのが、ノンコア事業の撤退や売却です。要因は多岐にわたりますが、例を挙げると、事業部の反対や祖業に対する遠慮などです。利益が出ているではないかという抵抗や、売却先が見つかるのかという不安もあります。伝統的な大企業の多くは、事業や会社を買うことは得意でも、売るのは苦手です。
そもそも社内に事業の撤退や売却に関する「基準」が存在しないケースが多く、それを明文化している企業は1割にも満たないでしょう。売却判断が容易となり、検討プロセスがスムーズに進むにもかかわらず基準を明文化できないのは、社内にさまざまなしがらみが存在するからです。それが心理的な抵抗を生み、事業の撤退や売却を困難にします。
しかし、そうしたしがらみを乗り越え、果断に事業ポートフォリオを再編して企業価値を向上させた企業もあります。その再編に不可欠なのが、「カーブアウト型M&A」(カーブアウト)です。カーブアウトは、子会社売却や事業譲渡によってノンコア事業を切り出す手法ですが、「戦略的売却」が特徴であり、従来の赤字事業の撤退とは一線を画します。自社の戦略に沿わない事業やシナジーが期待できない事業は、黒字であっても売却する。その売却先の選定は、「ベストオーナーは誰か」を熟慮することが重要です。自社の下で成長戦略の実現が難しいと判断すれば、それを可能にする企業を探し、売却を決断します。「成長」が論点となれば、社内の抵抗感も薄れ、事業部の同意も得やすくなります。
いざカーブアウトを決断しても、「スタンドアローンイシュー」という高いハードルが存在します。
最大の障壁となるのが、ご指摘のスタンドアローンイシューです。事業の切り出しによって製造ラインや特許技術、ITシステムなどのさまざまな資産共有が難しくなり、その帰属や利用をめぐって法的、実務的な調整が必要になる問題を指します。調整がうまくいかずに売却交渉が頓挫するケースも多く、カーブアウトで最も難しいとされるところです。
そこでカギを握るのが、売り主が早期に論点の洗い出しを行う「セラーズ・デューディリジェンス」です。初期段階での徹底した調査により事前に問題を特定、交渉論点を整理し、対応策を売り主と買い主の双方で共有します。論点の洗い出しは、買い主の情報の非対称性を埋めるだけでなく、売り主が気づいていなかった課題も明らかにします。むしろそうした盲点の中に、交渉を難航させる要素や、交渉を進展させるドライバーが隠れていたりします。課題の見える化は売り主や買い主の期待値をコントロールする効果もあり、ボタンのかけ違いを防いでくれます。
また、スタンドアローンイシューの解決策の一つに、「トランジションサービス・アグリーメント」(TSA)と呼ばれる売却後の移行期間についての取り決めもあります。事業が自立できるまで移行を支援する手法で、買い主にとっての生命維持装置になるケースもあるからです。