TIB×渡部俊也 東京大学執行役・副学長、未来ビジョン研究センター 副センター長

企業とスタートアップを「つなげる」
オープンイノベーションの場として期待する

スタートアップ支援の一大拠点「TIB」が誕生。東京都が運営するイノベーションの結節点で起こることに、ワクワクが止まらない東京大学 執行役・副学長、未来ビジョン研究センター 副センター長
渡部俊也教授
1959年東京都生まれ。東京工業大学無機材料工学専攻博士課程修了(工学博士)。98年東京大学先端科学技術研究センター客員教授、2001年から同センター教授。現在は、東京大学執行役・副学長、未来ビジョン研究センター副センター長、産学協創推進本部本部長、大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻教授、日本知財学会理事(会長)、政府の知的財産戦略本部構想委員会座長などを兼務する。イノベーション政策や技術経営の分野で研究論文等多数。

 日本では1990年代まで、大企業が研究開発に力を入れてイノベーションを起こしてきました。一方米国では、スタートアップを組み込んだエコシステムを構築して、新しい産業を創り出してきた。フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)やグーグルなど、いわゆるGAFAがそうです。日本では自力で研究開発をするという方法を取ってきたのですが、結局GAFAのような産業を生み出すことはできなかった。もはやスタートアップを組み込まなければ、イノベーションは生まれない。日本は、そのことに気付くのがとても遅かったのです。

 そこで、大企業でもオープンイノベーションが始まったわけですが、当初は企業間連携や大学との連携が多く、大企業とスタートアップの連携が少なかった。日本の場合、スタートアップの“出口”の多くがIPO(新規株式公開)で、M&A(企業の合併・買収)が少ないからです。逆に米国ではM&Aが8割以上を占めています。大企業にとっては、自社のリソースでできないものを外部から導入し、それが成功すると非常にインパクトが大きくなる。例えば近年、日本企業で最も成功したのが、12年のリクルートホールディングスによる米Indeedの買収です。今、日本でも、スタートアップのM&Aが増えており、状況はかなり変わってくるはずです。

 日本でスタートアップがなかなか成功しないのは、やはりエコシステムが発展していないからだと思います。エコシステムは生態系であり、そこで重要になるのは「つながり」です。スタートアップは経営資産がないわけですから、成長する条件として一番大切になるのが、有益な「つながり」なのです。TIBのいいところは、東京都が運営しているため、ガバナンスがしっかりしている相手と「つながる」ことが期待できる点です。さらにTIBを窓口として、海外と「つながる」ことができる。これは大きなメリットです。

 今、東京大学に入学してきた学部生の多くはスタートアップへの意欲を持っています。すでにキャンパス内外にスタートアップが100社以上存在しており、起業は珍しいものではなくなっています。学内には東京大学100%資本の東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)という投資事業会社があり、総額500億円規模となる二つのファンドを運用して、スタートアップへの投資事業を行っています。東京大学周辺のエコシステムの拡大を目指しているもので、こうしたしっかりした生態系があれば、起業へのハードルは低くなっていくと予想できます。

 スタートアップがグローバルに成功する条件は三つあって、まず組織自体が、人種や国籍、性別やジャンルを超えたスタッフを擁したダイバーシティを持つこと。二つ目は、シリアルアントレプレナー(連続起業家)がチームに関与していること。新規事業を次々と立ち上げた経験を持つアドバイザーがいることは、必ず役に立ちます。そして三つ目は、海外市場を視野に入れ、海外のアクセラレーターなどからメンタリングを受けること。この三つの条件をそろえて地道に活動をしていけば、必ず成果は出ると思います。スタートアップにとって、TIBはこれらの条件をそろえるための窓口になるでしょう。

 スタートアップは大企業の中からも誕生します。今、私は、社内起業家養成カリキュラムにも携わっているのですが、企業の中にもスタートアップの意思を持つ人たちは数多くいます。近年は、スピンアウトだけでなく、カーブアウトで事業開発を行う出向起業の動きも盛んになり、そのためのVCも誕生するなど、スタートアップの機運は企業の中でも広がっています。日本企業の中には、まだ世の中に出ていない、優れた“埋没技術”が眠っていることも多く、エコシステムの中で「つながり」ができれば、ブレークする可能性もあります。TIBがそうした出合いを創る場になることも期待しています。

●問い合わせ先
東京都
https://tib.metro.tokyo.lg.jp/