松田 ヘラルボニーは岩手県盛岡市に本社を置くスタートアップで、双子の兄弟である文登と2人で2018年に創業しました。私は東京、文登は岩手を中心に活動しており、その2拠点で事業を運営しています。
主に知的障害のある作家さんとライセンス契約して、2000点以上のアート作品をアーカイブ化し、IP(知的財産)ビジネスを行っています。私たちはこうした作家さんたちを「異彩作家」と呼んでおり、240人以上と契約を結んでいます。
事業内容としては、Tシャツやジャケット、ネクタイ、バッグなど自社ブランド商品の企画・販売を行うB2C 事業と、企業とタイアップして空間装飾や商品パッケージなどの企画・プロデュースを行うB2B 事業があります。企業向けに、組織のDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン:多様性・公平性と包摂性)を促進する体験型の研修プログラムも提供しています。
私たち双子には、重度の知的障害を伴う自閉症の兄がいます。仲良く一緒に遊びながら育ったのですが、家の外では兄に対する根強い偏見があることを子どもの頃から痛感していました。
起業のきっかけとなったのは25歳の時、岩手県花巻市の美術館で知的障害のある人のアート作品を見たことでした。純粋に作品として素晴らしく、「かっこいい」と感動したのです。当時、私は「くまモン」のプロデュースなどで知られる企画会社で、キャラクター関連のIPビジネスに携わっていました。アート作品をきちんとブランディングし、IP ビジネスとして展開できれば、知的障害のある人も資本主義経済の中でライセンスフィーが得られる構造をつくれるんじゃないか。そう考えて、起業しました。
ヘラルボニー 代表取締役Co-CEO
1991年岩手県生まれ。東北芸術工科大学卒。オレンジ・アンド・パートナーズのプランナーを経て、双子の兄・文登とヘラルボニーを設立、クリエイティブ統括。2019年に世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。著書に『異彩を、放て。』(新潮社、2022年)。ヘラルボニーは、2021年度グッドデザイン賞、日本スタートアップ大賞2022(経済産業省)「審査委員会特別賞」など受賞多数。
西岡 アートに国境はありません。ヘラルボニーのビジネスは、単に福祉課題の解決を目指すのではなく、アートを掛け合わせることで新たな価値づくりに取り組み、商業的に成功を収めている点がとてもユニークです。海外からの注目度も高まっていますね。
松田 ありがたいことに今年(24年)は、世界的な高級ブランドを多数傘下に持つLVMH モエヘネシー・ルイヴィトンがスタートアップを評価するコンテスト「LVMH イノベーションアワード」で、89カ国・1500社余りの中からファイナリストに選出され、6つのカテゴリーのうち「従業員体験、ダイバーシティ&インクルージョン」でカテゴリー賞(部門最優秀賞)を受賞することができました。日本企業がカテゴリー賞を受賞するのは、初めてのことだそうです。
西岡 それは異彩作家の方々にとって、そして日本のスタートアップ全体にとっての朗報です。アートだけでなく、アートを中心に置いたビジネスとして成功・評価されている点は、日本の多くの企業にとっても学びになりそうです。
松田 ありがとうございます。同アワードの受賞を経て、当社はLVMH の事業支援プログラムに参画することになりました。1年間、パリ13区にあるスタートアップ集積施設でオフィススペースを借りられるほか、LVMH からの投資が検討されます。世界中に知られるメゾンとのコラボレーションが実現すれば、障害へのイメージを変え、ひいてはこの世界を隔てる偏見や先入観を減らすことに貢献できるのではないかと思います。
マネタイズのエンジンで福祉課題解決の仕組みを回す
西岡 ヘラルボニーはビジネスを通じて、障害のある人たちの自立という社会課題を解決するだけでなく、異彩アートを私たちの生活に溶け込ませることで、障害者と健常者といったいまの世の中にある区別や隔たりをなくす、新たな文化をつくろうとしている会社だと感じました。
松田 まだまだですが、そうありたいと思っています。
西岡 私はテクノロジーを使って企業や社会の課題を解決する仕事をしていますが、いいテクノロジーというのは技術的なすごさを説明するのではなく、日常の中で当たり前に使われていたり、それを使うのが「かっこいい」「快適だ」と感じさせたりするものです。
それと同じように、ヘラルボニーは契約する作家さんたちのアート作品を、障害のある作家のアートだからと見る人を身構えさせるのではなく、かっこよさや心地よさを自然と感じられるようにビジネスとしてデザインしようとされている。そこが他社にない素晴らしさだと思います。
アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパル Digital Technology Business Unit, AI Leapセクター長
コンサルティングファームのマネジングディレクター、チャットボット開発企業のCDO(最高デジタル責任者)を経て、アビームコンサルティング入社。エンタープライズトランスフォーメーションビジネスユニット Digital-Tech Leapグループ AI Leapセクター長として、テクノロジーとイノベーションによる社会貢献を進めるとともに、クライアント企業のDXやデータドリブン経営の実現を支援する。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士。
松田 起業した当初は、株式会社としてどこまでやっていけるか確信がありませんでしたし、社員20人、30人の規模になって、きちんとビジネスを続けられれば上出来というくらいの感覚でした。
その意識が変わったのは、創業から2年ほど経った時にある会社の社長からM&A(合併・買収)を持ちかけられたことでした。当時のヘラルボニーの社員は数人で、事業計画書を書いたこともなかったのですが、私たち以上に私たちのビジネスに可能性を見出している人がいることに衝撃を受けました。結局、M&A の話はお断りしましたが、そこから経営について深く考えたり、勉強したりするようになりましたし、投資家とも会うようになりました。ヘラルボニーを思い切り成長させて、新しい文化をつくりたいと考えるようになった大きな転機でした。
西岡 その社長は、ヘラルボニーの何を高く評価していたのですか。
松田 異彩作家やその作品をかっこよく見せるセンスだと言われました。「うちの社員に同じようなビジネスをやれと言ったら、おそらくCSR(企業の社会的責任)っぽいものになって、御社のようにかっこよくはならない」と。それがすごく嬉しかったですし、そこがヘラルボニーの強さなんだと納得させられました。
西岡 その社長がおっしゃる「かっこよさ」には、「ビジネスとしての独創性が際立っている」といった意味が含まれていたのではないでしょうか。単に障害のある作家のエージェンシーであれば他社でもできますが、ヘラルボニーの場合、ご家族に障害のある方がいらっしゃる原体験に始まり、その障害に対する社会の価値観を変えたいという起業ストーリーそのものが唯一無二です。
それに、社会的にも経済的にも障害のある方の自立を目指すという点では福祉そのものですが、助成金に頼るのではなく、アート作品をIP としてマネタイズするという回収エンジンをビジネスとして組み込み、課題解決の仕組みに継続性を持たせた。そこが、その社長がおっしゃったセンスなのではないかと思います。
意思決定を左右するのは100年先のストーリー
松田 起業する前は、NPO や社会福祉法人でもいいのではないかとちょっと悩みました。ただ、株式会社にしてビジネスとしてやったほうがかっこいいというシンプルな思いがありました。
非営利セクターとして助成金をもらって運営するのは、私たちでなくてもできるでしょうし、それがイノベーションなのかと問われると、たぶん違うと思いました。それに、僕たち兄弟にとってワクワクするものがイメージできませんでした。
文登と僕が強く意識しているのは、自閉症の兄がいることから始まったヘラルボニーのストーリーであり、100年先の文化をつくることです。創業者の僕らはもう生きていないでしょうけど、ヘラルボニー100年史ができるとしたら、そこにどんなストーリーを刻みたいのか。経営者として意思決定する際には、いつもそれをすごく意識しています。
本社を岩手に置き、1店舗目のギャラリーも岩手に構えました。それは、岩手からスタートして世界の常識を変えていったという100年先のストーリーを意識しているからです。
僕たちがプロデュースしている自社ブランド商品は、クオリティも価格もハイブランド並みです。障害のある人は安い賃金で働いて、安い商品をつくっているというのが一般的な常識で、それが現実でもありますが、異彩作家の作品がその価値を直感的に認められ、正当な対価を得られる環境をつくることで、現実とのギャップを乗り越え、常識を覆したい。それを実現できたら、夢のあるストーリーを100年史に盛り込めると思います。
西岡 松田さんたちはいまできることから積み上げていくのではなく、長期的な視点であるべき姿を見据えて、次の一歩をどう進めるべきかを考えていらっしゃる。まさにバックキャスティング思考です。多くの企業がいま、こうした考え方での変革に取り組んでいます。日本の企業は改善を一歩一歩積み重ねていくのが得意で、それが強みでもあるのですが、それだけだと大きなイノベーションは生まれませんし、新しいビジネスモデルを創造することもできません。
自分たちがこうあるべきだと考えるビジョンを明確に描いて、足元の現実とのギャップを埋めるためにいまやるべきことを着実に実行する。それがいまの日本に求められていると思いますし、それを組織的に実行していくには、松田さんたちがつくろうとしているような周囲を共感させる大きなストーリーが必要です。
いまアーティスト的な思考がビジネスで求められる理由
西岡 松田さんご自身、異彩作家の方々と接していてインスパイアされる部分はありますか。