松田 それは多々あります。先日、1万円札の肖像画が渋沢栄一に代わったタイミングで、渋沢栄一記念財団とコラボレーションした企画展を実施し、期間中にヘラルボニーが契約している作家による公開アート制作やトークイベントを開催しました。
トークイベントの終わりで私がその作家に「最後に会場の皆さんに伝えたいことはありますか」と振ったら、きっぱり「ありません」と答えて会場は大爆笑でした。空気を読まない、余計な忖度をしないほうが人の心をつかむことができる。これは僕にはない才能だと感心しました。異彩作家の人たちは、人にどう思われたいとか、作品をどう評価されたいとかではなく、自分がやりたいこと、つくりたいものを我慢しないでひたすら追求します。その姿勢には、いつもインスパイアされますね。
西岡 やはり、予定調和の中から独創的なものは生まれません。多くの人は同調しないかもしれないけれど、自分はこう考える、世の中はこうあるべきだと本気で言えて、それを行動で示せる人。イノベーションが生まれるところには、そういう存在が必要です。そして、それを許容できる組織や文化の醸成が欠かせません。
松田 その意味でも、アーティストは世の中に欠かせない存在です。
西岡 ビジネスの世界ではいま、アーティスト的な思考をビジネスに組み込む必要性が認識され始めています。イノベーションを生み出すためにはクリエイティビティやアートの要素が求められるからです。
ユーザーの視点から製品やサービスなどの課題を見つけ、解決策を考える手法であるデザイン思考がビジネスの分野で注目されるようになったのは、1990年代頃のことです。いまではかなり一般的になってきましたが、実業の世界に浸透するのに20~30年かかっています。
かつてのモノづくりはハードウェア優先で、製品の意匠・図案といった狭義のデザインと、エンジニアリングやマニュファクチャリングなどの工程がサイロのように独立しており、その工程をつなぐために細かいすり合わせを行っていました。
しかし、それではユーザーの課題を解決できないことがわかってきて、製品の企画・開発から生産、購入後の使用体験まで、ハードウェアとソフトウェアの両面からユーザーの視点で全体をデザインすることの重要性が認識されるようになりました。ユーザーの利用体験、つまりUX を高めるには、スマートフォンのように購入後にOS やアプリをアップデートする必要があり、EV(電気自動車)などでもソフトウェアアップデートによって安全性や機能性を高めるのが当たり前になっています。そこまできてやっと、デザイン思考が企業にインストールされてきたのが現在の状況です。
ただ、地球温暖化や人権保護といった大きな社会課題はデザイン思考だけでは解決策を見出せず、尖ったアイデアやイノベーションの創出に有効なアート思考が求められるようになっているのです。
デジタル技術によってアートの価値を拡張する
松田 デザイン思考と同じように、アート思考が企業に浸透するのにも時間がか
かるのでしょうか。
西岡 短期間の研修だけですぐに身につくものではなく、実践を通じてケイパビリティ(組織能力)を獲得する必要があるので、時間はかかるでしょう。ただ、既存の人材だけで実践するのではなく、デザイナーやアーティスト、クリエイターといった異能を集めたチームとして実践することで、ケイパビリティ獲得の時間を速めることはできると思います。
実際に企業が直面する課題を解決していくには、デザイン思考が有効な場合もあれば、アート思考が必要な場合もあり、また、その両方が求められるケースもあります。ですから、組織の多様性を高め、異能を組み合わせることが重要です。
私がリードしているアビームコンサルティングのAI Leap セクターには、企業が解決すべき課題は何かを設定する「ストラテジー&デザイン」、AI を活用した課題の解決策を考える「AI アナリティクス」、解決策を実装する「データ&アーキテクチャー」という3つのチームがあります。それぞれが異なる才能や能力を持った3つのチームがワンセットにならないと、AI を使って企業変革や社会変革を加速させることはできないのです。
松田 私たちはIPのデータ管理をしている会社なのですが、テクノロジー人材がまったく足りていないことが経営上の課題です。米シリコンバレーの大手ベンチャーキャピタルの幹部に会った時、それをあらためて痛感させられました。
その人はNFT(非代替性トークン)スニーカー(NFT 技術で偽造や複製を防止したデジタルスニーカー)などのコレクションを私に見せて、こう言ったのです。「あなたの会社は、商品をつくっていったん倉庫に保管し、顧客から注文が入ったらそれを輸送して、やっとお金が入るビジネスモデルでしょう。それでは遅い。いまはスマートフォンだけでビジネスが完結する時代です。アートの分野においても、デジタルテクノロジーを使った革新をあなたたちが起こすべきです」
まさにその通りで、これは何とかしなきゃいけないと思っていたところ、たまたま西岡さんと知り合う機会を得られたので、いまさまざまな取り組みにデジタルをどう組み合わせるのか、あるいは、テクノロジーの可能性は、アートとアーティストの才能や機会をどのように創出していけるのかについて、討議を重ねています。
西岡 アートとデジタルテクノロジーは相性がいいのです。AI が強みを発揮できる領域がいくつも存在します。たとえば、2次元の作品から3次元の画像をつくり出したり、静止画像からモーショングラフィックスを作成したりすることもできます。デジタルでアートそのものの表現方法を変えることや、アート作品の価値を拡張できる可能性があります。
アートの世界に破壊的革新を起こす
松田 当社がIP 管理しているアート作品は2000点ほどですが、今後3000点、4000点と増やしていきます。デジタル技術を使えばIP 管理を効率化できますし、お客様にアーカイブから好きな作品を選んでもらって、それをT シャツにしたり、壁紙にしたりして、オリジナルの商品をつくることもできるかもしれません。版画のエディション(製作枚数)のように、シリアルナンバーをつけて限定生産し、NFT の証明書を付けて作品を保護することも考えられます。価値を拡張する方法はいろいろありますね。
西岡 作品を購入したお客様に、同じ作家の別の作品を紹介することで作家とファンの結び付きを深めたり、お客様の好みに合いそうな別の作家の作品を推奨したりすることもできます。
一方で、イマーシブ(没入感のある)なVR(仮想現実)アートなど、デジタルネイティブなアートを制作するツールを提供することで、作家の創造力を拡張することも可能だと思います。
松田 ドイツなどでは大型のデジタルサイネージなどのOOH(屋外広告媒体)に配信する広告映像がない時間帯に、モーショングラフィックスのアート作品を流している例があります。
それが都市に彩りを加えることになりますし、OOH の注目度が上がって、媒体価値も高まるそうです。
西岡 デジタルサイネージの設置は公共スペースや商業施設などでも増えていますから、作品をデジタル化することでアートを街に溶け込ませる余地が大いに広がると思います。
松田 西岡さんのチームの力もお借りしながら、さらにスピード感を高めてヘラルボニーのIP ビジネスを世界に広げ、LVMH 傘下のメゾンなどと肩を並べられるブランドにしていきたいとあらためて思いました。
そのためには、デジタルテクノロジーを使ってアートの世界に破壊的イノベーションを起こす必要がありそうです。私たちは、将来的には障害のあるなしにかかわらず、さまざまな“ 異彩” の作品を世界に送り届け、作品の価値と作家の創造力を拡張するプラットフォームになりたいと思います。
ヘラルボニーの成長スピードが上がるほど、世界を隔てる偏見や固定観念を超える新たな文化の創造に近づく。そして、社会をよりよくできる。そう確信できる企業を目指します。
西岡 素晴らしい課題設定だと思います。
アート×テクノロジーで社会変革を加速させる
西岡 私たちAI Leap セクターは、発足当初から「テクノロジーとイノベーションで社会に貢献する」というパーパス(存在意義)を掲げています。「社会に貢献する」という文言を入れたのは、テクノロジーのケイパビリティが高くなるほど、テクノロジーをどう使うかという視点に偏ってしまう、いわばテクノロジーオタクになってしまうリスクがあるからです。
テクノロジーはあくまで手段であって、重要なのは課題設定です。ソーシャルインパクトやビジネスインパクトがある課題を設定して、その解決に対して我々のケイパビリティを最大限に発揮することでイノベーションを起こし、社会に貢献する。その思いを深く胸に刻みながら、我々は最新のテクノロジーと向き合うようにしています。
松田 ヘラルボニーの成長スピードを飛躍的に上げたいと思っているのは、資本主義経済における成功が、資本主義では解決できない課題を解くことにつながる可能性があるからです。
たとえば、強度行動障害がある人は食べられないものを口に入れたり、自分や他人を叩いたりすることがあり、受け入れている施設や支援者が非常に少ないなど、社会的な支援の仕組みが整備されていません。こうした経済合理性では対処できず、公的なリソースも不足している分野は非営利セクターが担うしかありません。ヘラルボニーが株式会社として大きく成長すれば、非営利セクターに財政基盤を提供できるかもしれません。
一つのモデルは、ベネッセホールディングス(HD)の創業家が代表理事を務める福武財団です。福武財団はベネッセHD の大株主であり、代表理事の福武總一郎さん(元ベネッセHD 会長)は持ち株の配当を財団の財政基盤にして、過疎の島だった香川県の直島に美術館をつくったり、周辺の島々を含めて瀬戸内国際芸術祭を開催したりすることで、アートによる地域再生の世界的先駆者となった人です。
これに倣って、僕たち双子もヘラルボニーの株を基本財産とする財団をつくり、ヘラルボニーの企業価値を上げることで財団を通じた非営利セクターへの助成を強化し、いまの社会が解決できていない課題を解決していきたいという思いがあります。
西岡 松田さんと私の専門領域はアートとテクノロジーという違いがありますが、社会に貢献するという目的は同じです。アビームコンサルティングのケイパビリティを、ヘラルボニーを通じて社会に還元することによって、アートで社会変革を加速させることにチャレンジしたいと思います。
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