片山氏 不確実性の高い時代の今、企業が競争優位を保ち、変化の激しい市場に適応するためには、イノベーションの創出が重要です。

個々の社員が持つ創造性や問題解決能力を引き出し、成長を促進させることが、企業全体の革新力を高める鍵となるため、自社の社員にどのように成長機会を提供するかが問われています。

また、2030年には625万人の人手不足が予想されている中で(※)、新たなスキルや知見を持ち合わせた人材をどのように獲得していくか、人材獲得も重要な課題となっています。

※パーソル総合研究所「労働市場の未来推計 2035」

 一方で個人の「キャリア形成」への意識も大きく変化している。終身雇用の崩壊や技術革新のスピードが加速する中で、市場の変化に対応し、自身の価値を発揮し続けるために、スキルを磨きたいと考える個人が増えている。

 そんな、企業の課題と個人のキャリア形成のニーズ、双方を解決するのが「相互副業」だ。

「相互副業」とは、連携した企業間で相互に人材を受け入れ・送り出す、会社公認の副業だ。

 社員は副業案件に申し込み、業務委託契約を締結。自身のスキルを生かして業務に従事することで、報酬と共に、外部企業での経験を得ることができる。

 一方、企業は副業人材を受け入れることで、新たな視点や自社にないスキルを取り入れることができ、採用せずとも、社外の即戦力を活用できるメリットがある。

企業の成長や従業員のエンゲージメント向上にも寄与する「相互副業」 アサヒグループジャパンが感じた人材戦略における有効性とはパーソルキャリアが展開するサービス「HiPro(ハイプロ)」では、副業浸透を目的とした「相互副業プロジェクト」を推進している

副業先での経験が本業へのモチベーションにつながる

 アサヒグループジャパンは24年1月に「相互副業」に初めて参加し、これまでに4社5人の副業人材を受け入れ、6人の社員を副業へと送り出している。

 その狙いは、人的資本の強化にある。人口減少を踏まえた国内事業の最適化やグローバル展開を強化する上で、社員の「キャリアオーナーシップ(自律的なキャリア形成)推進」が自社の競争力を高めると考えた。

大沼氏 当社は、社員の定着率が高いことが特徴です。

それ自体は良いことなのですが、ともすれば同質的な組織になり、自社の考え方や常識にとらわれるあまり、事業がガラパゴス化する恐れがあります。

また、社員個人のキャリア観も会社の意向に沿った受動的なものになりかねません。

「地球が青いことは、宇宙から見ないと分からない」。会社の外側から自社や自身を俯瞰することが大切です。

そこから事業を変革するヒントが得られますし、個々の社員が市場価値を踏まえたキャリア形成を意識することで、スキルや知見の多様性が生まれます。

企業の成長や従業員のエンゲージメント向上にも寄与する「相互副業」 アサヒグループジャパンが感じた人材戦略における有効性とはアサヒグループジャパン
People&Culture本部 HRビジネスパートナー部 キャリアオーナーシップ支援室
大沼美由紀 シニアマネージャー  

大沼氏 当社では、新規事業企画がキャリアの中心だった社員が、培ったプロジェクト管理の経験を生かしたいと、未経験である「人事領域」で、「相互副業」に参加しました。

人事業務は経験がないものの、現業の経験を生かしたプロジェクト進行や、コミュニケーションの取り方など、副業先のプロジェクトリーダーをサポートできる場面も多かったようで、自身のスキルがそのような形で役立つと気付くきっかけにもなったようです。

会社に長く在籍していると、自分の積み上げてきたキャリアを客観視しにくくなります。

「副業」を通じて、会社の外で自分の市場価値を試せたことで、これまでの経験の中で得たスキルへの自信につながり、本業自体にも良い影響を与えるのだと思います。

片山氏 一方、「相互副業」を検討する際、本業への影響や人材流出を懸念する声も頂きます。しかし、副業で得た経験は本業にも生かされ、従業員のエンゲージメントの向上にもつながります。

重要なのは、副業を単なるリスクではなく、企業と社員の成長の機会として捉えることです。

大沼氏 新規企画の立案プロジェクトに応募した社員は、副業先の評価とは別に、自ら状態目標を定義していました。

レベル0 =「スキルを学ぶ」
レベル1 =「成果を残す」
レベル2 =「人間関係を構築する」

その方はキャリア入社者なのですが、「優秀な方は、自身で構築した人間関係を仕事に生かしている」という着眼点があり、自身がどこまで習熟できるか基準を持って挑んでいました。

 片山氏によれば「相互副業」に応募する社員は、いずれの企業でも成長意欲が高い傾向にあるという。

片山氏 異なる環境の中で、相手が求める成果をどう出すか、何を自社に持ち帰れるのか、「相互副業プロジェクト」に参加される方に共通するのは、成長の機会を自ら取りに行くというスタンスだと感じています。

一般的に「成長意欲が高い」人材は、今の企業で成長が行き詰まると、次のステップとして「転職」を選んでしまうことがよくあります。

企業の成長や従業員のエンゲージメント向上にも寄与する「相互副業」 アサヒグループジャパンが感じた人材戦略における有効性とはパーソルキャリア
タレントシェアリング事業部 Business innovation統括部 HiPro新規サービス開発部
片山徹之 ゼネラルマネジャー

大沼氏 私も仕事柄、社内でキャリア相談を受けるのですが、成長意欲があり、かつ自社に愛着のある社員でも、「新たにチャレンジをしたいが、その実現のためには今の仕事を辞めるという犠牲を払わなければならないのではないか」と悩むケースがあります。

要は「辞める」か「残るか」の2択で悩んでいる印象です。今の会社でも(会社を辞めずに)キャリアを積みながら、新しいキャリアをかなえる方法として「副業」という選択肢が増えるのは良いことですね。

片山氏 副業を通じて成長の機会を得て、自分の市場価値を確認することで、本業へのモチベーションも高まり、転職ではなく「定着」が期待できます。

成長意欲の高い発展性のある人材を会社としても失わずに済むのです。