非対面の鍵の受け渡しで無人民泊を可能に

今、四国全体で外国人観光客が増加傾向にある。中でも人気を集めているのが四国霊場八十八カ所を巡る「歩き遍路の旅」だ。海外ではもともと「巡礼の旅」が人気のジャンルであり、四国遍路は外国人にとって魅力的な観光コンテンツとなっている。ところが、これまで歩き遍路を支えてきた宿は新型コロナウイルス感染拡大の影響で閉鎖が相次ぎ、宿不足が深刻化している。さらに、愛媛県では、松山空港国際線の増便により歩き遍路に加えてゴルフ旅行やしまなみ街道のサイクリング、道後温泉を目的とするインバウンド需要が高まっている。

この課題を解決するために始まったのが、愛媛県内の空き家をDX(デジタルトランスフォーメーション)化し、無人民泊を普及させるデジタル実装プロジェクトである。トライアングルエヒメの採択事業者は、東京に本社を置くhacomono。同社は“ウェルネス産業を、新次元へ。”を掲げ、全国1万店舗超のフィットネスクラブやスクール向けに無人運営システムを提供している。

「愛媛県内で増加傾向にある空き家をいかに活用できるか。この社会課題に対し、当社は、chocoZAPをはじめとするフィットネスクラブの無人運営で培ったノウハウを応用できると考え、トライアングルエヒメに応募し採択されました」

そう語るのは、hacomono 公共セクター推進グループ シニアプロジェクトリーダーの特手(こって)大輔氏だ。

「トライアングルエヒメ2.0」事例1:愛媛の空き家が宿に変身!デジタル無人民泊で巡礼支援hacomono 公共セクター推進グループ シニアプロジェクトリーダーの特手(こって)大輔

同社は愛媛県内で不動産業を展開する三福ホールディングスとコンソーシアムを組み、1人のオーナーが複数の無人民泊物件を運営できる仕組みを開発した。

「トライアングルエヒメ2.0」事例1:愛媛の空き家が宿に変身!デジタル無人民泊で巡礼支援愛媛県内の空き家をDX化した無人民泊物件

典型的な成功事例を以下のように設定している。まずリフォームや設備費用として約400万円の初期費用を用意する。民泊に利用できるのは年間180日で、インバウンド比率はおよそ5割を想定。順調に運営できれば、2年ほどで初期投資を回収できる計算だ。

「空き家を放置すると固定資産税が増えるため、オーナーは利活用を望みます。賃貸という手段もありますが、家賃収入では回収に4〜5年かかってしまう。民泊ならその半分の期間で済みます。家の状態が良ければ、水回り中心の改修だけで、さらに安価に無人民泊の仕組みを導入できます」(特手氏)

課題となるのは、安全で円滑な無人民泊の運営だ。まず、トラブルの多い鍵の受け渡しをDX化。玄関脇のキーボックスにワンタイム暗証番号を入力すると、非対面で鍵を受け取れる仕組みを導入した。物件の近隣には担当者を常駐させ、万一のトラブルにも迅速に対応する。さらに、チェックイン書類をスムーズに作成できる仕組みを整え、オンラインでフロント業務を行う体制を構築した。

「予約は訪日客に人気のあるAirbnbを推奨しています。宿側からも利用客を評価できる相互レビュー形式なので、部屋の使い方に配慮していただけます。日本人・外国人問わずキャンセル率が低く、直前キャンセルが少ないのも利点です」(特手氏)

ルールを厳格化しトラブルを回避

第1弾として2024年2月後半に実装がスタートした。三福ホールディングスが所有する松山市久谷地区の賃貸物件で、四国霊場第46番札所・浄瑠璃寺や第47番札所・八坂寺があるエリアだ。歩き遍路の外国人客が多く訪れる場所でもある。

「トライアングルエヒメ2.0」事例1:愛媛の空き家が宿に変身!デジタル無人民泊で巡礼支援プログレッソ 稲荷美香

清掃や顧客対応は三福ホールディングスが担当。運営を担うグループ会社プログレッソの稲荷美香氏はこう語る。「開業以来、深夜の呼び出しはゼロです。給湯器やスマートテレビ、布団の使い方など、室内設備の操作方法を日本語と英語で詳しくファイル化し、トラブルを未然に防いでいます。清掃時間確保のため、チェックアウトの遅延には延長料金を設定し、匂いの強い料理には罰金を課すケースもあるなど、ルールを厳格化しています」

キーボックスのある玄関口にはカメラを設置してセキュリティー対策も講じている。苦情対応も迅速だ。浴室前に格子を立てて視線を遮り、敷地外での喫煙は強めに注意喚起。近隣には改善策を丁寧に伝え、理解を得ている。

「トライアングルエヒメ2.0」事例1:愛媛の空き家が宿に変身!デジタル無人民泊で巡礼支援キーボックスのある玄関口にカメラを設置。セキュリティー対策も万全だ

利用客はアジア圏に加え欧米からも多く、春休みには卒業旅行の日本人学生グループの姿も見られた。観光需要は季節によって変動するため、宿泊価格にはダイナミックプライシング(変動料金制)を導入し、最適化を図っている。

hacomonoが強調するのは、鍵の非対面受け渡しによって、人件費の削減効果があり、常駐では難しかった複数物件の運営が可能になる点だ。開業のネックとなる煩雑な行政手続きは業務委託パートナーと連携し、負担を軽減する。また無人民泊にはレンタカー利用客が多いため、ホテルのように街中に立地する必要はない。

hacomonoの試算によると、同プロジェクトによる24年度の経済効果は約1440万円。現在4人のオーナーがプロジェクトに参加し、計15件が開業予定。愛媛県の最南端、愛南町など県南部でも関心を示す事業者があり、今期中に30件の開業を見込んでいる。

「トライアングルエヒメ2.0」事例1:愛媛の空き家が宿に変身!デジタル無人民泊で巡礼支援無人民泊施設の内部。シンプルなデザインで生活に必要なものがそろっている
「トライアングルエヒメ2.0」事例1:愛媛の空き家が宿に変身!デジタル無人民泊で巡礼支援給湯器やスマートテレビなど、室内設備の操作方法を日本語と英語で詳しくファイル化(写真左)。簡易な食品も用意されている

「今後はインバウンド観光客だけでなく、例えば、みかん収穫期の季節労働者の宿泊にも空き家を活用し、施設不足で人を雇えないといった課題にも対応していきたい。無人民泊という選択肢を知らない人にも、その可能性を広めていきたいと考えています」

特手氏はそう話す。空き家の無人民泊化というデジタル実装プロジェクトは、地域経済の活性化を促し、県内事業者の「稼ぐ力」を着実に高めている。

●問い合わせ先
愛媛県 企画振興部 デジタル戦略局 デジタルシフト推進課
TEL:089-934-7611
(TRY ANGLE EHIME事務局)
URL:https://dx-ehime.jp/