50年で浸透させた環境経営のカルチャー

山中:大手製造業の約半数で中期経営計画の見直しが進んでいます。環境配慮を求める市場の要請は年々強まっており、2050年カーボンニュートラル実現に加え、地政学リスクによる稀少資源調達の有効手段としても、サーキュラーエコノミー(循環型経済、以下CE)への注目が高まっています。

こうした中、CEは製造業のビジネスモデルを大きく変革し、課題解決の糸口を示すものと期待を寄せています。環境価値向上を超えて、CEで稼ぐモデルに進化することで、日系企業は今後大きな優位性を得ることができるはずです。多くの企業がロールモデルを求めて模索を続ける中で、環境負荷低減と事業収益性の両立に道筋をつけようとしている貴社の取り組みに、大きな関心が寄せられています。まずは、CEへとつながるリコーの環境配慮型の経営がどのように産声を上げたのか、経緯を教えてください。

中田:当社が環境推進室をつくったのはおよそ50年前、企業活動やその製品に関わる公害が社会問題になっていた1976年のことです。まだ、地域社会をステークホルダーと認識する意識がいまほど強くない時代でしたが、当社はこの頃から、地域社会への貢献の一つとして環境に配慮した経営に取り組んできました。

そして約30年前の1998年、当時社長だった桜井正光が環境経営を提唱、全社を巻き込んで推進しました。実はこの少し前の1994年、循環型社会実現に向けたコンセプトである「コメットサークル」を発表し、社内の意識が高まっていった経緯があります。コメットサークルは、設計から使用・廃棄・再利用まで、製品のライフサイクル全体で環境負荷を減らす循環型社会を目指す概念であり、リコーの環境経営の象徴的なものといえます。 当時はまだ「リサイクルはコスト要因」という認識が根強く、収益性についてより議論を深める必要がありました。ただ、その後環境施策の目標を決めて細かKPIまでブレイクダウンしてきちんと評価を行えば、循環型社会の実現と利益創出は相反しないことがわかってきました。桜井を中心としたこうした呼びかけが、当社の現在の循環型ビジネス加速につながっています。

山中:キーコンセプトであるコメットサークルがリコーのCEの根底にあることをあらためて理解させていただきました。他方、そのコンセプトを具体的なビジネスにつなげ安定収益を上げるためにさまざまな投資をしてきたと思います。製品の回収・再販売を前提とする事業モデル確立やKPIの設定、バリューチェーン全体を見据えたコスト管理、さらにDX活用などあらゆるものをこれまで整備されてきたのではないかと想像できます。こういった先行的な投資を実施し事業収益性を確保していくために、どういった側面でCEに取り組まれているのでしょうか。

中田:私は、CEへの取り組みにおいて先行することで「日本の産業界、特に製造業のロールモデルになりたい」と考えています。特に事務機器業界は他の産業セクターと比較してもグローバルでの日本企業のシェアが非常に高い。だからこそ我々がルールを形成し、日本の製造業のロールモデルをつくれるのではないかと考えています。それゆえに資源循環などの環境保全と事業収益性を両立させることは重要な要素です。そこで、現在当社では3つの観点でとらえています。まず1点目は「リスクを最小化する」ことです。現在の活動が将来の負債にならないか、その要因となる出来事が起こっていないかをチェックします。もし起こっていれば、その活動自体を縮小していくことを検討しなければなりません。そうした活動は将来リスクとなり、事業の持続可能性に影響を与えることになってしまうからです。

2点目は、省資源・省エネなど、環境負荷低減を目的とした活動が、結果的にコストダウンにつながるのかという観点です。固定費などの製造コストからは見えてこない費用にも目を向け、開発プロセス自体を根本的に変えることも含めて検討します。この2点は、当初から重視してきたことです。

3点目は、これからより強く意識していくべきものになりますが、CEを通じて競争優位を築くことで、事業収益性をより確かなものにしていくという観点です。市場の環境問題への関心度は年を追うごとに高まり、企業の環境保全活動を評価する第三者機関も数多く存在しています。取引先はこうした評価を参考に、環境に配慮した経営を行うサプライヤーを選ぶ傾向が強くなっています。こうして自社の事業領域で競争優位を確保できれば、それが収益性確保につながっていきます。

先手を取り続けたリコーの環境経営、サーキュラーエコノミーのロールモデル 50年の軌跡と「次の一手」中田克典
リコー コーポレート専務執行役員
リコーデジタルプロダクツビジネスユニット プレジデント
エトリア 代表取締役 社長執行役員
1985年リコーに入社。1995年リコーヨーロッパB.V.PMMC欧州事業責任者、2009年光学ユニットカンパニープレジデント、2014年リコーインダストリアルソリューションズ代表取締役社長、2019年オフィスプリンティング事業本部事業本部長などを経て、2021年より現職、2024年エトリア代表取締役社長に就任。

さまざまな再生手法で製品の「残存価値」を最大化

山中:私はCEの要諦について、「いかに製品の残存価値を高めることができるか」に尽きるのではないかと考えています。リサイクルや中古販売だけでは社会実装の拡大には至りません。リユース、リペア、リファービッシュ(初期不良や中古の製品を整備して販売すること)などを駆使し「製品の回収・再製造・再販売を前提とする事業モデル」を確立することが、CEの高度化につながると信じています。そのためには製造業が主役となる改革が必要です。リコーの取り組み事例で参考になる施策があればご紹介をお願いします。

中田:古くから市場で使用済み製品を回収し、最低限のパーツ交換などを行って新興国市場などで販売するビジネスがありましたが、新興国のユーザーに1世代、2世代前の製品を安価で販売する形になっていました。

しかし、さまざまな製品が世界中に同じスピードで普及する現代にあって、ただ旧世代の再生品を安く売ることを続けていては「MFP(複合機)製品はこの程度のもの」という価値観を、その国の市場に植え付けかねません。それでは市場が成長した時、最新の機種を正当な価格で売れなくなる懸念があります。そもそも新品と再生品で売る市場を分けること、そして再生品を安く売るというこれまでの考え方自体に、アップデートが必要だと考えるに至りました。そこで私たちは、回収した製品を元の機能に戻すのではなく、回収したものを使用して提供できる価値を変えていく意識に転換しました。そのため製品開発など上流工程まで遡り、従来の生産コスト低減を重視する設計思想から、リユースを前提とした設計思想に切り替えました。

たとえば回収して整備する際に、分解しやすくパーツを取り出しやすい設計にして分解時間の短縮を可能にしたり、回収する時の運搬負荷で壊れないよう、振動が分散する工夫を入れたりするなどといったことがそれに当たります。その結果、現在はデータ活用や環境に配慮した設計などによってパーツ交換の精度が上がり、メーカーとしてきちんと品質保証をした製品として再生機をお届けすることができています。

また、再生ビジネスの価値向上においては、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアによる機能向上も重要です。ネットワーク経由でソフトウェアをアップデートして最新機能を提供するとともに、セキュリティ対策も強化するなど、安心してお使いいただける工夫をしています。こうした経験や取り組みをさらに発展させ、当社の再生機ビジネスは、さらに進化しようとしている最中です。

一社の取り組みには限界がある 共創関係が活路を開く

山中:これまでの多くのご尽力の末、リコーが再生機に新品同様の品質保証をつけ、中古品とは一線を画す新しい価値を世に問いました。我々も静岡県御殿場市にあるリコー環境事業開発センターを訪問した折、貴社の循環経済型ビジネスの最前線を目の当たりにしました。製品をどのように回収するかという静脈物流、リユース品を市場に提供していく販売戦略、そして環境経営を推進するKPI管理など、貴社の事業活動の隅々に及んでいることが容易に想像できます。これらが緻密に組み合わさり、リファービッシュ・リユースを活用した再生機ビジネスの市場ポジションを獲得しているのだと感じます。

ここでぜひ伺いたいのは、こうした時間のかかる大きな変革に対して、貴社の従業員の皆様の意識改革をどのようにして行っていったのかということです。組織変革の面で工夫された部分があれば伺えますか。

中田:組織に手を入れるのではなく、「安全性」や「性能」といった従来の開発テーマに「CEへの対応」という観点を加えることにしました。これを全員が理解したうえで、リサイクルに関する目標を数値的な指標であるKPIにまでブレイクダウンしました。そして事業収益性とも密接に関わるその数値を達成できるよう、開発手法に留まらず、物流や販売など、すべてのプロセスに至るまで手を入れていきました。関わる全社員が、KPIごとの目標値達成のためにそれぞれの担当業務を遂行することで、おのずとリコーのCEが進展していきます。

山中:従業員全員が達成すべき理想を共有し、それぞれの業務プロセスにサーキュラーの軸を据えて数値目標達成を目指す。この仕組みが、推進の原動力になっていることがよくわかりました。「すい星の軌道のような資源循環の輪をつくる」というコメットサークルのコンセプトが、貴社のCE実現を支えるカルチャーとして息づいているからだと感じます。

先手を取り続けたリコーの環境経営、サーキュラーエコノミーのロールモデル 50年の軌跡と「次の一手」山中義史
アビームコンサルティング サステナブルSCM戦略ユニット長
執行役員プリンシパル
2001年アビームコンサルティングに入社。サプライチェーン全般の戦略策定、S&OP改革、工場・物流センターDX構築などを多数手掛けた後、サーキュラーエコノミー、カーボンニュートラルといった製造業のビジネスモデル変革を推進中。現在はサステナブルSCM戦略ユニット長 執行役員プリンシパルを務める。2017年名古屋大学招聘講師、2018年一橋大学非常勤講師など産学連携も推進。

中田:コメットサークルの考え方をシンプルに表現すれば「環境に負荷をかける形で不要なものを自然に返さない」ことといえます。CEが進んで製品寿命が長くなれば排出される廃棄物の量が減ります。材料についても同じで、再生して使うことができれば新規に投入するものや廃棄するものはどんどん減り、それに付随するコストも抑えられます。当社の従業員に、そのイメージが共有されているのかもしれません。

ただ、将来的には、製品の回収コストが上昇し、収益性を圧迫するリスクもあります。このように今後想定される課題はほかにもあります。これらを解決するためにも、複数のブランドオーナーの開発・生産を担うエトリアの設立は大きな意義を持ちます。

たとえば部品の設計を共通化することができれば、製造コストを下げることができます。共通化によって生産量を増やすことができればビジネスが拡大し、これまで取引がなかったような優れたマテリアルを持つサプライヤーと、再生処理に関する共同研究などが可能になるかもしれません。こうして価値を高めるためのパートナーシップが、コスト競争からビジネスを守ってくれます。

さらに、コスト競争に陥ることなく事業が成長していけば、健全な収益構造によって持続可能性の高い経営が実現し、やがて世界トップクラスのサプライヤーとの協力関係も見えてくるでしょう。このようなCEの高度化で得られる好循環が、MFPのような成熟市場では重要な戦略になると考えています。エトリアが、こうした戦略的支援を行って、より確実にリコーのCEを推進できるようにしていきたいと思います。

規制に従うだけでなく力を合わせて先手を打つ

山中:サプライチェーン全体で理想を共有してCE実現の共創モデルを標準化する意義は大きいと、あらためて感じました。事務機器業界では従前より共創モデルを先進的に推進してきていると承知しています。たとえば、JBMIA(一般社団法人ビジネス機会・情報システム産業協会)によるルール形成や情報流通フレームワークへの標準対応などがあります。

一方でヨーロッパにおいては、2024年にESPR(持続可能な製品のためのエコデザイン規則)が発効しました。さらに、製品の持続可能性や循環性に関する情報をデジタルで一元管理する制度として、産業セクターによっても異なりますが、DPP(digital product passport:デジタル製品パスポート)が段階的に導入されようとしています。これらに対しても、業界全体で対応していくことになるのでしょうか。

中田:DPPなどのルールメイキングに関しても、業界各社と連携して積極的に取り組むことが重要と考えています。DPPのような公的な規制は、複数の業界にまたがってできるだけ共通する規格をつくろうとします。受け身の姿勢で制度の完成を待っていると、業界にとって不利な内容となりかねません。 

先ほど、事業収益性を確保するためには「リスクを最小化」することが重要と言いました。規制は将来のリスクですから、一社単独ではなく複数社が協力し合って積極的に提案することで、業界にとって有利な展開に導くことができると感じます。

山中:DPPはサプライチェーン全体に関わるため検討範囲が非常に広く、またステークホルダーも多く登場するため、ルールメイキングも非常に苦労するのではないかと想像します。たとえば、MFP業界として求めていくルールメイキングには、どのようなものを想定していますか。

中田:DPPの狙いの一つには、製品のトレーサビリティを確保してサプライチェーンを見える化することで、消費者が環境負荷の少ない製品、倫理的に違反のない製品を選べるようにするというものがあります。これがMFPにうまく適用されることになれば、交換する共通部品のトレーサビリティが実現します。すると従前のように市場にある製品の修理を自社のみで請け負うのではなく現地のパートナー企業にも情報を提供し、ビジネスチャンスを開放することにつながります。

こうした仕組みの実現によって、世界中にある自前のサービス網や修理拠点を整理統合して最適化し、パートナーと協働して対応していく選択肢も見えてきます。

これを実行するには、情報が大きなカギを握ります。ブロックチェーン技術を使って部品や製品の情報を改ざんできないようにしたり、プラットフォームで共有すべき情報のフォーマットを策定したりする必要もあります。そうしたルールを、他の産業に先駆けて私たちの業界から提案できるよう、協働するメーカーの方々と議論しているところです。

山中:ルールメイキングに関与することの重要性は、他の業界が苦戦する様子から私も痛感しているところです。MFPはグローバルにおいて日本企業のシェアが高い業界です。そのため日本がリードしやすい面もあるかと思いますが、勝機はどの辺りにあるとお考えですか。

中田:確実に協調する領域として市場に問いながらルールをつくるところだと考えます。後手に回ることだけは避けなければいけませんが、前例がないことに挑むわけですから、先手を取れば失敗のリスクも高くなります。ただ、早く動けばフィードバックやリカバリーも早くなりますし、そこから得たノウハウは資産になります。

ご指摘の通りMFPはグローバルにおいて日本企業のシェアが高い業界だからこそ、日本企業が先んじて行動を起こせる数少ない業界だと感じています。だからこそ、我々が日本の製造業のロールモデルをつくる意気込みで推進したいと考えています。

「環境保全」と「利益創出」両立のカギ

山中:環境保全と利益創出のバランスを取るには、従前のビジネスモデルからの転換による大胆な事業変革と、それに必要なITやインフラなどに対する投資も必要だと考えています。自社でここまで進めてきたCE、そしてこの先の展望と比較してお感じになることはありますか。

中田:一言でCEと言っても、産業が異なれば進め方も異なります。たとえば、かつて私がコンピュータの周辺機器を担当していた時代は、「300ドルを切る製品なら、修理せずに新品に変えたほうがよい」という認識でした。その環境下でCEを議論することは難しいでしょうし、取り組むとしてもアプローチはまったく別のものになるでしょう。

山中:これからも、先進国を中心に人口減少が進み、多くの市場がシュリンクしていくでしょう。一定の規模の中で持続的な展開が可能なアプローチに切り替えていくなど、情勢に合わせた変革が求められます。循環型経済の実現に貢献しつつ、お客様に本質的な価値を提供するために、リコーは次の一手をどのようにお考えですか。

中田:おっしゃるように社会の形や要請はこれからも大きく変化していくでしょう。それらに柔軟に対応するため、実際にリコーも単にハードウェアを売るだけの企業ではなく、ITサービスやAIなどを活用した統合的な顧客価値を提供するビジネスモデルに変革しています。さらなる顧客価値の創出に向けて、それを支えるモノづくりの面では引き続きCE型ビジネスへの変換を追求し、変革に挑む企業のロールモデルでありたいと強く願っています。

企画・制作│ダイヤモンドクォータリー編集部
構成・まとめ│田口雅典(MGT) 撮影│福岡諒嗣(GEKKO) イラスト│宇那木孝俊

●問い合わせ先
アビームコンサルティング株式会社
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