
2001年、コマツは全建設機械に稼働管理システム「KOMTRAX」(コムトラックス)を標準装備し、IoT化で世界の先頭に立った。だが、その成功を同社常務執行役員の四家千佳史氏は「反省」と振り返る。世界に先駆けたその仕組みは、コマツの建機を、自社のアプリケーションで、自社のサーバーにつなぐ垂直型・閉鎖型であったからだ。以来コマツは、他社製の建機も人手による作業も含めて施工現場をオープンにつなぐ全体最適化へと舵を切った。日本のものづくりは、どのようなアーキテクチャーで勝ち筋を描くべきか。変革を牽引してきた四家氏に、アビームコンサルティングで業界横断の産業開発や事業振興を推進する安藤有紀氏が聞いた。
手段が目的化する時 変革は止まる
安藤:いま製造業の競争優位は、高い技術力やQCD(品質・コスト・納期)の磨き込みだけでは築きにくくなっています。問われているのは、製品アーキテクチャーの設計に留まらず、産業全体の価値創出構造の中で自社がどの役割を担い、顧客成果にどう貢献するかを描くこと、すなわち産業アーキテクチャーの設計ではないでしょうか。
コマツはKOMTRAXで建設機械のIoT化を世界に先駆けて実現しました。しかし四家さんはかつて、その仕組みがつないでいたのは基本的にコマツの建機だけであり、現場全体で見れば一部に留まるという限界を、「反省」という言葉で表現されています。そうお考えになった背景からお聞かせください。
四家:たしかに当社は「IoTの先駆者」と評価していただくことが多く、KOMTRAXの標準装備化は非常に早かったといえます。
しかし、IoTとは本来、目的に至るための「手段」にすぎません。それが社内で成功体験として定着した結果、あたかも「目的」そのものであるかのように受け取られているのではないか。そう懸念したからこそ、あえて「反省」という言葉を使い、軌道修正を図るべきだと考えました。
かつてのコマツは、お客様の生産性向上というテーマを、自社の建機や製品という限られた視点でとらえていました。自社製品が稼働する個々のプロセスでは、お客様の生産性を向上させることができます。しかし施工プロセス全体から見れば、コマツの建機が関与する領域はほんの一部にすぎません。その一部だけを「部分最適」化したところで、全体としての大きな成果にはつながらないのです。
安藤:自社製品が稼働する範囲の内側で生産性を語ってしまうのは、多くのメーカーに共通する構図です。そこから抜け出すには、顧客や産業のどこにボトルネックがあるかを見つける能力が求められます。コマツは施工の全体最適解を提示する側へ回られました。現場全体をつなぐ発想は、どこから立ち上がってきたのでしょうか。
四家:現場全体を見渡せば、施工の初期段階から最終工程に至るまでの全体最適解を提示するほかありません。その視点に立つと、コマツの建機は全体の構成要素のほんの一部だと気づかされます。施工現場には他社製の建機もあれば、ダンプトラックも走り、人手による多くの作業も存在します。それらすべてをシームレスにつなぎ合わせなければ、全体最適は達成できません。私どもが取り組んでいる建設現場のDXソリューション「Smart Construction」(スマートコンストラクション)の本質は、そこにあります。
現場のあらゆる要素をつなぎ、その上にオープンなアプリケーションを構築していく。そのためには、多様なパートナーを巻き込みながら「システム」としてつないでいく構造をつくらなければなりません。それが、私たちの着想の原点なのです。

コマツ
常務執行役員 ソリューション本部長
EARTHBRAIN 代表取締役会長
1997年に建設機械レンタルのBIGRENTAL(福島県郡山市)を創業。2008年、社員数700人までに成長した同社と、コマツレンタル(コマツ100%出資)が経営統合、代表取締役社長に就任。2015年1月コマツ執行役員スマートコンストラクション推進本部長、2021年7月EARTHBRAIN代表取締役会長(現任)、2025年4月コマツ常務執行役員ソリューション本部長に就任。
プロセスを塗り分けた一枚の図が決断を生む
安藤:スマートコンストラクションは、製品に留まらず産業のアーキテクチャーまで設計し、コマツが「産業アーキテクト」の役割を担おうとする取り組みだと考えています。多くのメーカーは顧客の課題解決を真剣に考えつつも、自社製品の売上げと利益に縛られ、産業全体の構造的課題にまで足を踏み出せずにいます。コマツはなぜ、施工全体に踏み込むことができたのでしょうか。
四家:スマートコンストラクションの原点は、コマツがブランドマネジメント活動に着手した2007年まで遡ります。当時、営業部門を中心に「徹底的に顧客目線に立とう」という運動が起こりました。メーカーは製品を代理店や販売店に納める形になるため、最終顧客の姿が見えにくかったからです。
これは「お客様から選ばれ続ける関係性をいかに構築するか」を追求する取り組みでした。究極は、お客様から「コマツがいないとビジネスが成り立たない」と言っていただける関係性です。まず取り組んだのが、顧客の課題や「ありたい姿」を知ることでした。
日本のお客様の最大の課題は、深刻な労働力不足と、それに起因する「きつい・危険」な作業環境です。描きたい未来を言葉にすれば、「かっこよく、安全で、生産性が高いスマートな現場にしたい」ということでした。そのありたい姿と現状のギャップこそが真の課題であり、コマツに留まらず社外のリソースも総動員して解決することにしたのです。
決め手になったのは、当時の経営トップの決断です。建設会社の受注から竣工に至る全プロセスを書き出し、コマツの建機が関わる領域だけに色を塗った図をトップに見せたところ、「コマツの製品だけにこだわっていては、お客様の課題は解決できない。全プロセスを変革するしかない」と、即断したのです。顧客の全プロセスを俯瞰し、足りない技術やリソースは他社から調達してでも課題を一つひとつ解決せよ。トップのその決断が、すべての出発点でした。
安藤:経営トップが明確な意思と覚悟を示さなければ、既存事業の重力に引き戻されますね。日本の製造業の多くは顧客志向を掲げ、営業も開発も顧客課題をとらえようと努力しています。それでも本質的な変革につながりにくい背景には、顧客現場の理解不足や経営層との乖離といった断絶に加え、既存の事業モデルや収益構造の外側にリソースを投じることへの恐れがあるのではないでしょうか。そうした心理的・組織的な壁を越え、現場の実態を経営の意思決定につなげるうえで、最も心を砕かれた点はどこでしょうか。

アビームコンサルティング
未来価値創造戦略ユニット ダイレクター
2008年アビームコンサルティングに入社。各種システム構築・業務改革コンサルティングを経て、2015年よりDX推進を支援する専門組織の立ち上げに参画。製造業、インフラ事業、自治体・行政等に対し、デジタル・データを活用した新しいビジネスモデル立案・活用シナリオの策定、データ分析に裏付けられた工場現場改革支援、最新技術/ビジネス動向リサーチ、IoTプラットフォーム構築、組織横断データマネジメント等の多様な案件テーマをリードしている。
四家:お客様の体験をどう変革し、満足度を高めるか。この問いに答えるには、お客様の現場へ深く入り込むほかありません。製品が稼働した後に「お客様に価値を創造できているか」を追跡する機能を持つことは、製造業として本来あるべき姿です。
ですから私たちは、みずから現場に入り込み、得られた1次情報を社内の営業や開発部隊に愚直にフィードバックしながら、周囲を巻き込んでいきました。開発部隊には、一度もお客様と直接対話したことがない技術者もいます。そうしたメンバーを実際の現場へ連れ出し、生の課題に触れる機会を設けました。
立ち上げ当初から月1回開催している「ステアリングコミッティ」も大きな役割を果たしました。社長をはじめほぼ全役員が出席する会議です。始まって2年目に入った頃、毎月の議論がまるで建設会社の幹部会議のような内容へと変化していました。当時の社長が「この現場の造成作業は、土砂の搬入ルートを変更したほうが効率的ではないか」と熱く語り、役員陣も真剣に応じる。我々自身が、自社の建機が現場でいかに顧客価値へ変換されているかを把握する場を欲していたのです。
この過程で、当社の生産技術が土木工事の最適化に直結するという気づきも生まれました。この取り組みは、お客様の課題への解像度を高める契機となっただけでなく、お客様のオペレーションを理解する共通言語をつくった点で、大きな意味を持ちました。
競争と協調の境界は走りながら引く
安藤:私が携わったスマートファクトリーのプロジェクトでも、建設現場と非常に近い問題意識がありました。工場には多種多様な設備が並び、ユーザー企業にとっては、それらを連動させて初めて生産性や品質向上の価値が生まれます。一方、設備メーカーから見ると、他社機器とつながることがただちに自社の利益になるとは限らず、特定のメーカーが主導しようとすれば、他社は警戒感を抱きがちです。私たちも第三者の立場からユーザー目線で全体をつなぐオーガナイザーとして推進してきましたが、その壁を越える難しさを実感しました。御社が壁を乗り越え、実行に移せた要因はどこにあったのでしょうか。
四家:どこが「競争領域」でどこが「協調領域」かの判断は非常に難しく、議論は平行線をたどりがちです。そこで我々は、「現場のすべての機械をつなぐ必要があるが、一気には進められない。まずは利害対立がない領域から始めよう」と考えました。
競合関係にある同業他社の機械については、制御に介入しない「後付けキット」を開発し、取り付ければ当社のプラットフォームにつながるようにしています。直接働きかけることが難しい領域については、スタートアップやサードパーティの力を借りながら進めました。
目指すビジョンを明確に掲げ、それに共感してくださる方々とパートナーシップを組んでいます。我々が一方的に「あなたと組みたい」と言うのではなく、相手方が「コマツと一緒にこれを実現したい」と思ってくれる関係です。ゼロからイチを生み出すイノベーションに挑戦するには、損得勘定を超えた情熱を共有できないと難しいと思います。
よく驚かれるのは、我々がパートナーシップを組むスタートアップに原則として出資していないことです。出資や買収をすると、買収先のテクノロジーに縛られ、将来的に新しい技術へ乗り換えにくくなるリスクが生じます。相手方にも「コマツ以外と組んでもかまわない」という自由を担保したうえで、対等な付き合いを続けてきました。
安藤:自社が常に前面に出るのではなく、領域ごとに最適なプレーヤーに任せるエコシステムを設計されたわけですね。一方で御社は、IoTデータとアプリケーションのオープンプラットフォーム「LANDLOG」(ランドログ)でエコシステムを広げながら、コアなアプリケーションは自社で持つ方針を貫いてこられました。オープンにする部分とクローズドにすべき部分の線引きは、どのような基準で判断してこられたのでしょうか。
四家:その線引きに絶対の「正解」はないと思います。わからないからこそ、最初から決め付けず、走りながら柔軟に判断を重ねてきました。我々は膨大なデータを収集していますが、自社で活用できているのはその一部です。一見当社にとって価値の低いデータが、パートナーにとっては宝の山である場合もあります。ランドログには、データを一定程度オープンにすることで多様な企業が集まりました。自社のコアな強みが損なわれないかを見定めつつ、外部からの評価を通じてデータの価値を学んできたということです。
「正常化作用」の引力圏とイノベーション組織の設計
安藤:新しいことを始めれば、必ず利害の衝突が生じます。四家さんは、日本の伝統的な大企業には異質な動きを外に弾き出そうとする「正常化の作用」が働くと指摘されています。スマートコンストラクションの実行部隊のリーダーとして、トップの決断を引き出すために意識されてきたことは何でしょうか。
四家:トップが正しい判断を下せるよう、ファクトに基づく情報を提示すること。そして、自分が信じる将来のビジョンを活きいきとした絵として見せることです。判断を下すのはトップであり、下の人間がやるべきは決断のための材料を揃え続けることです。イノベーションが進むかどうかは、トップが退路を断って決断できるかにかかっています。
振り返れば、一建機メーカーにすぎない私たちが「建設産業の構造を変革する」と大風呂敷を広げたわけですから、業界の一部から冷ややかに見られていたのも無理はありません。日本には「失敗するくらいなら、やらないほうがいい」という文化が根強くあります。しかし、誰もが実現可能だと考える構想なら、誰かがすでにやり遂げているはずです。「実現は難しいだろうが、ぎりぎりの可能性がある」という絶妙な塩梅を見極め、チャレンジすることが肝要です。
安藤:「失敗しないことをよしとする文化」が残っている企業はまだ多いですが、チャレンジをすることや外とつながることを当たり前にしていかないと、日本の産業は勝ち残れないと思います。同時に、挑戦的でありながらリアリティを失わない構想のサイズ感を、どう見極めるかという問題もあります。そのバランスを保ちながら変革を進めるために、組織の形はどう設計されたのでしょうか。
四家:コマツも100年を超える歴史を持つ会社ですから、「正常化の作用」は当然働きます。だからこそ、挑戦を「許容する」レベルに留めず、意図的に「称賛する」姿勢を明確に示さなければならないと感じています。既存の枠組みから離れた「出島」のような組織を設け、変革を推進するのも一つの道です。
ただし、出島として完全に切り離したままだと、本体からどんどん離れ、他人事のプロジェクトと見なされてしまいます。この取り組みも一時そういう存在になってしまったので、コマツ本体へと意図的に引き戻した経緯があります。すると今度は、ハードウェア製品(モノ)とサービスやプラットフォーム(コト)では、開発プロセスや価値の発生構造が根本的に異なるという課題が再浮上しました。モノの価値は納品した時点が最も高く、以降は減価していきます。対してコトの価値は納品した瞬間に発生し始め、使用・運用を通じて増加していくのです。
そこであらためてEARTHBRAINという出島の会社を設立し、開発プロセスから働き方や服装まで、あえてコマツ本体とは真逆のスタイルでスタートさせました。そのうえで、部品や資材の調達はコマツの計画購買のほうが優れているとわかれば、そこは学び、取り入れていく。いまは半分がコマツと異なり、半分はコマツの強みを継承したハイブリッドな企業に進化しつつあります。
未到の領域でしたから、初めから正解などわかりようがありません。だからこそ「まず実行に移す。失敗したら高速で軌道修正しながらつくり上げていく」というコンセプトを貫いてきました。
フィジカルAIでは「垂直統合」が勝ち筋か
安藤:完成品メーカー、部品・素材メーカーを問わず、多くのメーカーと対話していると、「顧客価値」と言いながら無意識に自社技術の特徴や性能を説明しているケースが少なくありません。自社の技術や製品が、最終顧客のどの成果にどうつながっているのか。それを具体的に理解し、「自分事」として変革の一歩を踏み出すために、経営リーダーはまず何から着手すべきでしょうか。
四家:技術はそれ自体が目的ではなく、組み込まれた先で最終的な「顧客体験」を生み出す手段にすぎません。部品メーカーの方々はこの話を聞いても、「我々はティア1(1次サプライヤー)に製品を納める立場だから関係ない」とおっしゃるかもしれません。
しかし、ティア2、ティア3であってもエンドユーザーの視点から逆算して思考を始めるべきです。「自分たちのお客様はティア1までだ」と視野を限定すると、自社の技術がどんな価値を社会や顧客に届けているのかが見えなくなるからです。まずは最終顧客の視点に立ち、自社がどのような役割を果たすべきかを問い直すことから始める。その構想が「何となく実現可能かもしれない」と周囲に伝わり始めれば、賛同者は必ず現れます。
安藤:一歩踏み出せば、おのずと異なる景色が見えてくるはずです。日本のものづくり企業が顧客目線で俯瞰する視点を持てば、価値創出のアプローチは進化すると確信します。
今後、AIはそうした俯瞰の視点を持つための重要な手段になるのではないでしょうか。個別の設備や製品、工程の情報に留まらず、現場で起きていることや人の判断、プロセス全体のつながりをAIでとらえられるようになれば、価値創出構造そのものを再設計できる可能性があります。
いま、世界的に「フィジカルAI」への注目が高まっています。AIを前提とする時代のものづくりはどこまで変わるのか。日本の製造業の「勝ち筋」について、お考えをお聞かせください。
四家:フィジカルAIの戦略的展開は社内でも議論を重ねていますが、現時点で製造業の勝ち筋は、「垂直統合型アプローチにあるのではないか」という仮説を持っています。KOMTRAXでは垂直統合からオープン化へ舵を切りましたが、いまはあらためて垂直統合型の強みを見直すべき局面だと感じます。
まだ正解は見出せていませんが、「頭脳」に当たる領域では、スマートコンストラクションを通じて膨大な知見を蓄積してきましたし、現場で稼働する約3万台のICT建機の稼働データがすべて揃っています。ハードウェアも自前で保有しています。これらを統合した垂直型モデルで勝負しなければ、世界で勝ち抜くことは難しいと考えています。ただし、垂直統合だけでは顧客の全プロセスをカバーし切れません。戦略的パートナーとのエコシステムを構築し、お客様のプロセス全体を包含する方針です。
多忙な現場では、高度なアプリケーションでも操作が複雑だと使いこなせません。スマートフォンのように直感的に扱えるユーザー体験が求められます。AIエージェントを前面に配し、対話形式で問いかければ即座に最適な解を返すプロダクトモデルをいま構築しています。建設技能者が作業を続けながら口頭で語りかけるだけで、知りたい情報がその場で返ってくる。こうした体験が実現できれば、現場の生産性は飛躍的に向上します。
安藤:フィジカルな世界には、デジタル完結型の世界にはない独自のハードルがあります。初期段階は垂直統合型からスタートし、段階的にオープン化していくのが自然な流れでしょう。製造業の現場データは機器の稼働データが中心ですが、そこに現場のノウハウや知見といったコンテクスト(文脈)を含む自然言語データが加わり、全体を緻密に制御するシステムへ進化するはずです。
日本の製造業はソフトウェア領域やインターフェース設計に課題を持つケースが少なくありません。だからこそ、AI時代のアーキテクチャーを深く理解し、自社の技術や製品を顧客成果へつなぐ価値創出構造を設計・実践できる企業が増えることを期待します。
「スマートコンストラクション」は、コマツの登録商標。
企画・制作|ダイヤモンドクォータリー編集部
構成・まとめ|田原 寛 撮影|後藤秀二 イラスト|宇那木孝俊
アビームコンサルティング株式会社
〒104-0028 東京都中央区八重洲2-2-1 東京ミッドタウン八重洲 八重洲セントラルタワー
https://www.abeam.com/jp/ja/
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