
人は、情報ではなく意味で動く生き物である。新しい知を生むとは、新しい意味をつくることだ──故野中郁次郎氏は、そう説き続けた。現場の経験は、言葉になる前の「暗黙知」として体に蓄積される。それを対話で「形式知」に変え、組織の知恵へと高める。この「知識創造理論」で、野中氏は米『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙が選ぶ「最も影響力のあるビジネス思索家」20人に、アジアから唯一選ばれている。
野中氏は、AIの進化を否定していない。ただ、繰り返しこう述べていた。意味を生み出せるのは、人間だけである。体を通した経験が乏しくなれば、新しい知は生まれなくなる、と。「身体知こそイノベーションの源泉である」。それが野中氏の結論だった。
その言葉通りの時代が来つつある。生成AIやAIエージェントの登場で、知識や分析の多くはAIが担うようになった。働き方や学び方も、根底から変わり始めた。知識の量では、もう差がつかない。人間が何で価値を生み出すのか、そうした前提そのものが揺らいでいる。いま起きているゲームチェンジの本質であろう。
革新的テクノロジーによってビジネスモデルが目まぐるしく変化していくそのスピードに、人と組織の変化が追い付かない。多くの企業を悩ませるこのジレンマを解くカギこそ、野中氏の言う「身体知」ではないか。経験を体系化して組織の力に変えるのも、AIに良質な問いを立てるのも、最後は人の身体知にかかっているからだ。AIが答えを出す時代に、問いを立てるのはやはり人である。
変わるべきは人の側だけではない。自社は誰に、どんな価値を提供する存在なのか。前提が総取り替えになったいま、企業はその問いに立ち返るしかない。事業も収益も、意思決定も、人と組織の役割も、連動して組み替わり始めた。「変革」ではなく「再定義」。ゲームチェンジの焦点は、そこにある。
その再定義と常に向き合う経営者がいる。アビームコンサルティング代表取締役社長CEOの山田貴博氏である。山田氏は「AIが進化するほど、人と組織の価値は高まる」と語る。40年以上にわたりアジアの企業変革に伴走してきた同社では、20年以上前から若手に「経験を経験で終わらせるな」と説いてきた。山田氏自身、社長就任後のいまも現場を歩き続ける経営者である。
みずからのKPIの問い直し、中期経営計画の廃止、そして現場に向け続ける視線。山田氏がこの1年で手掛けてきた再定義をひも解きながら、AI時代の経営に求められるゲームチェンジの在り方を、「ヒューマンモデル」「時間軸」「リーダーシップ」という3つの切り口で聞いた。
「変革」ではなく「再定義」が迫られている
編集部(以下太文字):AIの急激な台頭で、さまざまなゲームチェンジが具現化しています。あらためて、いま、どこで最も大きなゲームチェンジが起きているとお考えですか。
山田(以下略):最も大きな変化は、AIというテクノロジーそのものではなく、企業が価値を生み出す「前提」と「プロセス」に起きている。それが私の実感です。地政学リスク、人口動態、規制、テクノロジーの進化が同時に影響し合い、誰にどのような価値を提供し、それをどう生み出すのかという経営の前提が、かつてない速さで変化しています。
もはや、既存の組織やビジネスモデルを部分的に変えるだけでは対応できません。事業や収益モデル、資源配分や意思決定、人と組織の役割、テクノロジーの活用までを一体で組み替える必要があります。
ところが多くの企業はいまも、AIを既存の業務に「追加」しようとしています。AIで資料作成を効率化しても、生まれた時間が会議や社内調整に使われたら、価値創出にはつながらない。生産性向上は成果ではなく、経営資源を再配分するための原資です。問われているのは、AIによって生まれた時間、人材、資本を、どの顧客価値や成長機会へ振り向けるのか。そのために何をやめるのかまで決めることです。いま起きているのはAI導入競争ではありません。自社は誰に、どのような価値を提供し、それをどのような仕組みで生み出し続けるのか。企業の価値創出システム全体を再定義する競争なのです。
価値創出システムのゲームチェンジに、人の変革が追い付かない。多くの企業がそのズレに苦しんでいます。人材の価値基準はAIを「つくる人」から「使いこなす人」へ移るともいわれますが、その本質をどうとらえていますか。
「つくる人」から「使いこなす人」へという理解だけでは、十分ではないと思っています。AIを使いこなすこと自体は、やがて特別な能力ではなくなるからです。
私は、AIによって最も大きく変わるのは、価値を生み出すプロセスそのものだと考えています。情報を収集し、分析し、文書化し、設計するといったアウトプットは、AIが高速かつ大量に生み出してくれる。しかし、その前後には人にしか担えない領域が残ります。AIを活用する起点では、実現したい成果を定義し、仮説を持って問いを立てる。そしてAIのアウトプットに意味を与え、選択し、意思決定し、人と組織を動かして成果につなげる。AIがアウトプットを生み出すプロセスは大きく変わっても、それをアウトカムに変える意思決定と責任は人に残る。そこが重要だと思っています。
だから人材の価値は、AIを「使いこなす人」ではなく、知識をインテリジェンスに変えられる人へ移っていくと思います。情報や知識をつなぎ、背景や文脈を読み、それが自社や顧客にとって何を意味するのかを判断し、多様な人と専門性を巻き込みながら成果に変える。これが、これからの「マネジメントする人」です。
こうした変化には、社員研修の見直しだけでは対応できません。AIネイティブな組織を掲げながら、従来と同じ基準で人を評価し、同じ行動を求めていては、組織は変わらない。価値創出プロセスが変わるなら、人の役割、評価、権限、組織の設計も変えなければならない。経営の本気度は、メッセージではなく、誰を登用し、どこに人と資本を配分し、何をやめたかに表れます。評価、昇進、配置までを一体で変える必要があるのです。
良質な問いは「思考の軸」から生まれる
AIと向き合ううえで、ご自身が実践されている「作法」はありますか。
私は、何かに取り組む時、絶対に最初からAIを使いません。以前は本や資料を集めて読むことから始めていましたが、それもやめました。まず何の資料もなしに、自分の考えとふだんから実践していることを徹底的に書き出す。そのうえで「これは絶対に譲りたくない」「これはどうしても言いたい」という意思を丸ごと、AIにぶつけるのです。返ってくるものは、AIが一般論として出してくるものとはまったく異なります。私の言葉を正しく理解していない部分があれば、そこからまた対話を重ねて最終化していきます。
最初からAIに任せてしまうと、自分が本当に言いたいことにたどり着くまでに何度も修正しなければならず、かえって時間がかかります。みずからのインサイトや判断軸を埋め込まない限り、ほしいものは絶対に出てこないのです。
AIはユーザーに迎合する返答をしがちです。そうなると人間の側が問いを立てる力を失うおそれもあります。良質な問いを立てる力は、どうすれば身につくのでしょうか。
やはり「経験」だと思います。ただし、経験しただけでは使い物になりません。経験が自分の中で体系的に整理され、再現性を持って人に語れるようになって、初めてインテリジェンスになります。体系化できていない人は、過去の成功体験をそのまま人に押し付けてしまう。経営者にも当てはまる話です。
経験を体系化していくと、自分なりの「思考の軸」ができてきます。それは、初めて遭遇する状況でも、自分なりに意味を見出し、本質をとらえ、問いを立て、判断するための軸です。私はこの思考の軸こそが、人が経験を通じて獲得するインテリジェンスであり、ある種の身体知だと思っています。それをAIへの問いとして設定できるかどうか。AI時代に問われるのは、プロンプトの巧拙ではなく、その手前にどれだけ体系化された経験を持っているかです。
私は20年以上前から、若手対象の研修で「経験を経験で終わらせるな」と言い続けてきました。経験を自分の中に留めれば属人化して、次のステップに行けなくなる。だからこそ体系化し、人に伝えなさい、と。ほかの人がそれを使って仕事ができれば、自分は新たな経験に挑戦できる。個人の経験を思考の軸に変え、それを組織のインテリジェンスへ昇華する。この学習の循環そのものが、企業の実行力になると考えています。
中計を廃止し、長期の価値創造ストーリーを語る
2026年後半に予定されるコーポレートガバナンス・コードの3度目の改訂では、長期の価値創造ストーリーを語る説明責任がいっそう問われます。これは「時間軸のゲームチェンジ」をもたらす改訂につながる可能性があります。経営者は短期・中期・長期の3つの時間軸を、どう設計すべきでしょうか。
短期・中期・長期を、別々の計画として管理すべきではありません。長期は、10年後を精緻に予測するものではなく、誰にどのような価値を提供し、どの未来を実現するのかという企業の意思と判断軸を示すもの。中期は、その意思を事業ポートフォリオや資本の配分、人材、組織の能力へ翻訳するもの。単年度などの短期は、予算達成の場ではなく、長期のストーリーと戦略上の仮説を実行しながら検証し、次の意思決定へつなげるものです。多くの企業では、長期は理念、中期は施策の一覧、単年度は前年基準の数字の積み上げと分断されている。それでは価値創造のサイクルにはならないのです。
アビームコンサルティングは、中期経営計画そのものを廃止したそうですね。
はい。中計の期間は企業経営において5年から3年へ短くなってきましたが、3年で経営環境が変わるなら、実は1年でも変わっている。3年は、変化のスピードに比して長すぎ、長期の意思を語るには短すぎる。中途半端なのです。そこで当社は、単年度の事業計画と、毎年アップデートし続ける長期の価値創造ストーリーの2本立てに切り替えました。その結果、中計をやめる決断に至りました。取締役会にはかった時も異論はなく、むしろ株主からは、この対話を毎年更新し続けてほしいと言われています。
肝になるのは、毎年変えるものと、変えてはいけないものを分けることです。私が大切にしている言葉に「朝令暮改ではなく、朝令朝改」があります。前提が変われば、その朝決めたことでも変える。ただし、変えるのは戦略であって、意思ではない。誰にどんな価値を提供し、どの未来を実現するのかという思考の軸は簡単には変えない。変えるのは、そこへ至る道筋と打ち手、資源配分です。不確実性に強い企業とは、計画を守れる企業ではなく、思考の軸を守りながら戦略を変え続けられる企業だと思います。
「中長期のストーリーを語れる会社」と「短期的な施策の寄せ集めに留まる会社」を分かつものは何でしょうか。
施策の数ではなく、因果関係と判断軸の一貫性です。なぜこの人材を育成し、なぜこの事業に投資し、何をやめるのか。それが企業価値へどうつながるのか。そしてその先にどのような企業であり続けたいか。ここを語れるかどうかです。
当社自身、2019〜20年頃までの中計はほぼ数字だけでした。その上に「リアルパートナー」という経営理念を掲げていたものの、解釈には個人差があった。そこで理念は変えずに解像度を上げ、生まれたのがいま私たちがありたいと考えている姿を言語化したブランドメッセージ「Build Beyond As One(R)」です。お客様や多様な専門性を持つ人たちとともに、いまある価値を超える価値を創造していく。成果の解像度を上げ、成果と短期的な施策の因果関係を明確にし、それをナラティブに語る。この順番が大事なのです。
ストーリーは、経営者が語れるだけでは足りません。社員一人ひとりが自分の仕事と結び付け、自分の言葉で語れるようになって、初めて組織のナラティブになります。さらに、成長投資や人材配置、事業からの撤退が、語っている未来と一致している必要もある。ストーリーとは経営者の説明ではなく、経営判断の一貫性そのものなのです。
時間軸の議論は、事業の成果をどう評価するかという議論と表裏一体です。中長期の価値創造にはBS思考(未来に蓄積する資産を重視する思考)が欠かせないのに、現場は予算というPL思考(短期的な利益を重視する思考)に縛られ続けています。何から変えるべきでしょうか。
PL思考そのものは否定すべきではありません。利益とキャッシュを生み出せなければ、企業は持続できないからです。問題は、現場に中長期の視点やグローバルの視座を求めながら、評価は単年度PLへのコミットだけで行っていることです。実は私自身も、中長期の視点を持てと言いながら、短期のPLコミットを求めてきた。これはフェアではないと、ずっと感じていたのです。
人材、顧客との信頼関係、データ、ブランド、カルチャー。これらは会計上のBSには表れにくいものの、将来の収益と企業価値を生み出す重要な資産です。ただし、無形資産は保有しているだけでは価値を生みません。BS思考とは、資産を持つことではなく、将来のキャッシュフローを生み出す能力を蓄積し、必要な時に動かせる状態をつくることだと思います。
最初に変えるべきは、成果の定義と評価の物差しです。中長期で実現すべき成果をまず定義し、それを測るKPIを設定し、その因果関係から単年度で追うべきKPIを逆算する。財務か非財務かの二分法ではありません。非財務指標を、将来の財務価値の先行指標として設計できるかが重要なのです。
みずからのKPIを成果の定義から見直す
率先垂範するために、まずご自身のKPIから見直したそうですね。
KPI改革の第一弾を、私自身に課したのです。私のKPIは以前、売上げや社員数といった指標が中心でした。これらをすべて廃止しました。ただ、トレンドだからと、安易に非財務へ振りたくない。そこで、成果の定義から始めました。お客様にどんな価値を提供できる存在でありたいのか。それを中長期の成果として定義し、そこに効く短期KPIを財務・非財務の両面で設定し直したのです。
具体的には、社員数やレベニューの規模を追うKPIをやめ、財務面ではお客様への提供価値と結び付いた「良質な利益」だけを見る。非財務面では、お客様と認め合い、信頼関係を築けたかをNPS(顧客推奨度)に近い指標で測る。社員エンゲージメントも、報酬への満足に閉じないよう、調査する際には問いの立て方から見直しました。
同時に、取締役会の在り方も徹底的に見直しました。2030年以降に当社がどういう存在でありたいかを自分たちの言葉で株主に語り、それをKPIとして定義し、株主に対する説明責任を果たしていく。そこに緊張感が生まれるからこそ、経営のナラティブが鍛えられるのです。
経営者には、成長投資についての説明責任があります。そして近年、成長投資の一丁目一番地はAI投資です。その成果は、どう測ればよいのでしょうか。
気をつけるべきは、活動量や効率化を成果と取り違えないことです。「AIを活用したプロジェクトが8割になった」「業務時間を30%削減した」。私は、そうした数字だけが出てきた時点で、成果の再定義ができていないと考えます。AIのROIは、AIが何時間削減したかではなく、その時間と人材と資本を何に再投資し、どんな新しい価値を生み出したかで測るべきです。
たとえば効率化プロジェクトで、500億円のコストが100億円になったとします。浮いた400億円が成果なのではない。その400億円分の時間と人材を、新規事業、顧客体験、イノベーションへ振り向け、何を生み出したのか。それがお客様にとっての成果なのです。
研修時間やAIの導入件数そのものに、経営上の意味はありません。育成した人材がどの成長事業で成果を生んだのか。顧客満足度の向上が、継続的な取引や収益の成長へどうつながったのか。そこまで因果を見て、初めて評価と呼べるのだと思います。
この転換には、CFOの変化も欠かせません。PL・BS・キャッシュフローの世界だけで生きてきたCFOは、いまも多くいます。事業が生み出す価値と財務との因果関係に、もっと目を向けてほしいと思います。
「答えを示す経営者」から「問いを立てる経営者」へ
ここまでの評価やKPIのお話は、突き詰めれば経営者自身の再定義に行き着きます。すなわち、「リーダーシップのゲームチェンジ」です。AIの提案精度が上がるほど、意思決定者はAIの提案を「承認」しているつもりでも、精査せず単に「追認」しているだけになりかねません。それを防ぐ「身体知」の重要性を、どうお考えですか。
AIの答えは、与えられたデータと前提、評価関数の中で最適化されたものです。何がデータから抜け落ち、どの前提が変わりつつあり、誰の感情や利害が反映されていないのか。そこまでは教えてくれません。だからこそ、身体知が必要になります。
身体知とは、人が経験を通じて獲得したインテリジェンスだと私は考えています。経験年数や属人的な勘のことではありません。AIが示した合理的な答えに「何かがおかしい」と違和感を持ち、その違和感を問いに変え、検証し、判断につなげる力です。数字の上では合理的なのに、なぜ現場が動かないのか。顧客満足度は改善しているのに、なぜ顧客との関係が悪化しているのか。こうした兆候は、表情や沈黙、声のトーン、組織内の関係性に表れます。数字に表れる前の兆候をつかむ。これは人にしか担えない領域なのです。
大事なのは、その身体知を属人的にしないことです。結論だけでなく、判断の過程を言語化して共有する。個人の身体知を組織のインテリジェンスへ変え、次の意思決定に再利用できる仕組みをつくることが、経営の役割だと思います。経営人材の育成も、知識を教えることではなく、意思決定の過程を共有し、次の世代がみずから問いを立て、判断できる状態をつくること。それが本来の後継者育成ではないでしょうか。
若手の育成も変わりそうです。かつての議事録づくりのような「下積み」は、AIが代替していきます。
当社でも、新人が最初にやる仕事の一つは議事録でした。ただ当時も、発言をドラマの台本のように書き起こすだけの議事録は許されませんでした。前回の会議でどんな議論があり、何が決まっていたのかを踏まえて聞く。誰が、いつまでに、何をすべきかがわかる形にまとめる。この一歩の努力が、経験の質を上げる訓練になっていたのです。
AIが定型業務を代替すれば、下積みを通じて経験を蓄積する機会は確実に減ります。AIが奪うのは仕事だけではありません。人が身体知を獲得するプロセスまで奪う可能性がある。私はそこを非常に危惧しています。だからこそ若手には、早い段階から顧客との対話、仮説形成、意思決定、実行、そして失敗からの立て直しを経験させる。AIによって経験を省略するのではなく、AIを使って、より質の高い経験へ早く到達させる。経験の量はAIで補える。しかし、経験から何を感じ、何を学び、自分の判断軸に変えるかは、人にしかできません。
いま就活生の間では、人気の就職先として、製造業や商社が見直される「静かな就活のゲームチェンジ」が起きているといわれます。
その変化は、肌で感じています。優秀な若い人たちほど、モノをつくる仕事、モノづくりと顧客をつなげて新しい価値を生み出す仕事、つまり実業へと目を向け始めている。AIが知的作業の中間領域を担うようになるほど、身体知が蓄積される現場を持つ仕事の価値は相対的に高まりますから、彼らは時代の本質を直感的にとらえているのだと思います。
耳の痛い話ですが、経験値やベンチマークを提供するだけでは、価値は生まれません。私たちは、知識を提供するコンサルティングから、ともに価値を生み出すコンサルティングへと進化します。お客様の現場の身体知までとらえ、ともに良質な問いを立て、成果が出るまでやり切る。お客様と新たなインテリジェンスを生み出し、アウトカムへ変えていく。それが、AI時代に人と組織から生み出せる価値だと考えています。
中間管理職、ミドル層はどうなっていくでしょうか。かつて野中郁次郎氏は「ミドルアップダウン」を提唱し、ミドル層こそ日本企業の強みだと説きました。いまのミドル層は疲弊し、「AI時代には不要な存在」という声さえあります。
まず、ミドル層の仕事のうち、情報を集めて会議を開き、進捗を確認し、報告書にまとめるといったマネジメント業務は、徹底的にAIに任せればいいと考えています。仮にそれが時間の半分を占めているなら、半分の時間が自由に使えます。
問題は、その時間を何に使うかです。多くの働き方改革は、労働時間を減らすことには成功しても、余力をどんな価値創出につなげるかまでは踏み込めませんでした。ミドル層は浮いた時間で、みずからの経験を体系化し、ナラティブに語れるように練り上げてほしい。語り方を磨く段階では、AIが最高の壁打ち相手になります。
ミドル層が不要になるとすれば、進捗管理と追認しかしない人々の話です。これから必要なのは、情報を上に運ぶミドルではなく、意味を上下に翻訳するミドルです。経営の意思を現場の行動へ翻訳し、現場の違和感や身体知を経営のインテリジェンスへ変える。そして部門を越えて人と専門性をつなぐ。ミドル層こそ、経営と現場、戦略と実行をつなぐ結節点として、AI時代に価値が高まる存在なのです。
いまお話に出た結節点の役割を果たすには、優れたコンセプトやメッセージが欠かせません。かつてソニー・コンピュータエンタテインメントを率いた久夛良木健氏がプレイステーションの目指す方向性を問われた時に発した「ネットに溶かしたい」という言葉は、その象徴だと私たちは見ています。優れた変革者は、優れたコンセプトメーカーでもある。経営者がナラティブであることの意味について、どうお考えですか。
コンセプトメイキングとは、印象的なコピーをつくる技術ではありません。優れたコンセプトとは、複雑な経営環境を安易に単純化する言葉ではなく、組織が何を大切にし、何を判断軸とし、どう行動すべきかを示す言葉です。久夛良木氏の「溶かす」という表現が優れているのは、聞いた現場の一人ひとりの中に「溶かすには、自分は何をすればいいのか」という問いが立ち上がる点です。問いが立てば、人は自分の経験と身体知を動員して考え始める。考えれば、行動が変わる。コンセプトメイキングは、そうやって成果の実現に直結するのです。
当社が「アウトプットからアウトカムへ」と言い続けているのも同じで、資料をつくった、システムを稼働させたという自分たちの活動ではなく、その結果、お客様の事業や意思決定がどう変わったかを問い続けるための言葉です。ナラティブとは、完成した筋書きを一方的に伝えることではありません。変えてはいけない価値観と判断軸を示したうえで、社員や顧客、株主との対話を通じて未来をともに考え、紡ぎ続けることだと考えています。
ちなみに私は、問いの立て方と対話の進め方を、コーチングで徹底的に鍛えられました。コンセプトメイキングは天賦の才ではなく、訓練できる力なのです。
山田さんは経営者としての身体知を失わないように、ご自身のリーダーシップをどうゲームチェンジしようとされていますか。
まずは現場です。現場に足を運び続ける理由の一つは、経営者としての現役感を保ちたいという私の性分から来るものですが、それ以上に本質的な理由があります。AIを使えば、業績も顧客満足度もリスク情報もいくらでも集まります。しかし、情報が増えることと、経営の現実が見えることは同じではない。お客様が何に本当に困っているのか、社員がどこで行き詰まり、なぜ自分の言葉で語れずにいるのか。数字に表れる前の兆候は、現場との対話の中にしかないのです。現場の実感と接続していなければ、経営者の言葉は社員に届きません。
しかも、自分の身体知はわかっていても、人の身体知はわかりません。社員の身体知、お客様の現場の身体知、そして経営者の身体知。それぞれに直接触れ、汲み取らなければ、経営方針には反映できない。経営とは、現場の知をインテリジェンスへ昇華させることだと思います。因果が説明できなければ、現場は動かず、KPIにも納得感は生まれません。だからAIが判断支援を担うほど、経営者は意図的に現場へ近づき、生まれた時間を顧客や社員との対話に振り向けるべきです。何より、現場にいると楽しいんですよね(笑)。
そのうえで、私自身のゲームチェンジは、リーダーシップの軸足を「答えを示す経営者」から「問いを立てる経営者」へ移すことです。CEOがすべてを決める組織では、意思決定は速くならず、次世代の経営人材も育ちません。経営者が示すべきは、すべての答えではなく、何を大切にし、どの成果にコミットするかという判断軸です。
判断軸が共有されれば、現場は自律的に意思決定できる。経営者は、何がまだ見えていないのかを率直に語り、仮説を示し、学び、修正する姿を見せる。AI時代の優れたCEOは、最も多くの答えを持つ人ではなく、組織に最も重要な問いを残せる人なのだと思います。
私が目指しているのは、より多くを決めることではありません。よりよい問いを立て、より速く学び、私がいなくても組織が自律的に判断できる状態をつくること。そこまでできて初めて、経営者の仕事をしたことになると思っています。
『ダイヤモンドクォータリー』も「グッドクエスチョンの追求」を行動指針に掲げています。優れた問いは、多くの人を巻き込む力を持つからです。
ゆえに、よい問いを立てられるメディアの重要性はAI時代においても変わらない、むしろ高まると思います。政治家にも官僚にも当てはまる。ケネディ元米大統領の「国があなたに何をしてくれるかではなく、あなたが国に何をなせるかを問え」という言葉は、まさにグッドクエスチョンでした。
よい問いは人を考えさせ、よい対話を生む。よいダイアログのある組織は、よい組織であり、成長し続ける組織です。AIが答えを民主化するほど、企業の差は「どんな問いを持つか」「どんな対話がされているか」に表れる。AI時代のゲームチェンジの核心は、突き詰めれば、そこにあるのだと思います。

アビームコンサルティング
代表取締役社長
外資系コンサルティングファームでの日本、アメリカ勤務を経て、アビームコンサルティング入社。総合商社、金融、通信、エネルギー、運輸を中心に幅広い業界で戦略策定、経営・業務・IT改革などを担ったのち、金融・社会インフラビジネスユニット長に就任。2016年取締役、2020年代表取締役副社長COOを経て、2023年4月より現職。
聞き手|宮田和美
構成・まとめ|田口雅典(MGT)、久世和彦、宮田和美 撮影|福岡諒嗣(GEKKO)
アビームコンサルティング株式会社
〒104-0028 東京都中央区八重洲2-2-1 東京ミッドタウン八重洲 八重洲セントラルタワー
https://www.abeam.com/jp/ja/
【関連記事】
▼ものづくりのアーキテクチャー変革 価値創出の構造を設計するコマツが選んだ変革の道筋