
エージェント型AIが今後代替するのは、労働よりむしろ計画や監視といった「管理機能」である。AI前提で経営基盤を根底から再設計しなければ、企業の次代は危うい。そして、データ主権時代の競争優位は、自社に閉じた情報をいかに「開かれた信頼」へ昇華させ、富に変換できるかにかかっている。文明論的視野から社会や経済の姿を論じてきた共愛学園前橋国際大学教授(慶應義塾大学名誉教授)の國領二郎氏と、数々の事業変革を導いてきたアビームコンサルティングの嶋村貴史氏が、デジタル経済の時代における組織再設計の道筋、そして人とAIが共存する近未来の経営像を語る。
AIがもたらす転換の本質は労働ではなく、管理の代替
嶋村:國領先生は、我々はいま近代工業文明からサイバー文明への転換期にあり、明治維新と同じくらい大きな変化が必要だと指摘されてきました。足元では生成AIが急速に進化し、エージェント型AIが企業の業務に入り込みつつあります。経営者が持つべき時代認識について、まずお聞かせください。
國領:人類の歴史を振り返ると、狩猟文明から農耕文明、近代工業文明と移り、いまはまた新しい局面を迎えていると思います。私はそれをサイバー文明と言っていますが、少なくとも産業革命と同じぐらいのインパクトがあるのではないでしょうか。
農業文明と工業文明では、規範意識は大きく変わり、富のあり方も変わりました。日本も工業文明が到来した幕末から明治にかけて、近代的な倫理観へと転換し、法律を整備しました。それをもって「文明開化」と言うとすると、いまも同じような状況にあります。工業文明を支えてきた経済的なメカニズムや社会を支える規範を見直さないと、次の局面に対応できなくなります。
私が一番心配しているのは格差問題です。製造業は貧困層の所得を増やし、中間層をつくり出すことに大きな役割を果たしました。一方、情報産業は一部の人に富を集中させて、経済格差を広げてしまう。それゆえに、社会の分断が深まる現象が世界的に見られます。工業文明とともに発展した市場メカニズムにデジタル社会の経済のコントロールを委ねていると、おかしなことになってしまいます。
企業組織について考えると、現代的な大企業が生まれたのは第2次産業革命後ですから、19世紀終わりから20世紀初頭です。最初期のMBAコースとしてハーバード・ビジネス・スクールが設立されたのが1908年で、近代工業をきちんとマネジメントする新たな能力が求められるようになったからです。
いまから何十年か後に2020年代を振り返った時、あの時代が大きな転換期だったと人々は認識するのではないでしょうか。経営トップの方々は、それくらいの大局観を持ちながら、日々の経営判断を行い、同時に組織の転換を展望する。いまは、そういう局面じゃないかと思っています。

國領二郎 氏
共愛学園前橋国際大学
副学長 デジタル共創学部 教授
共愛学園前橋国際大学 副学長 デジタル共創学部 教授 デジタル共創研究センター長。慶應義塾大学名誉教授。1982年東京大学経済学部卒業、1992年ハーバード・ビジネス・スクール経営学博士。1993年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授、2000年同教授、2003年同大学環境情報学部教授、2006年同大学総合政策学部教授、2009年総合政策学部長、2013年慶應義塾常任理事。2026年より現職。著書に『オープン・ネットワーク経営』(日本経済新聞社、1995年)、『オープン・アーキテクチャ戦略』(ダイヤモンド社、1999年)、『オープン・ソリューション社会の構想』(日本経済新聞社、2004年)、『ソーシャルな資本主義』(同、2013年)、『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』(日本経済新聞出版、2022年)、『ソシオテクニカル経営 人に優しいDXを目指して』(同)など。
嶋村:私が企業の現場を見ていて感じるのは、新しい文明を、古い文明の物差しで測っているのではないかということです。たとえば、いま日本企業のAI投資の稟議書は、ほぼ例外なくROIのリターンの部分が、「削減工数×時間単価」で書かれています。黒船来航に例えれば、蒸気船を「速い帆船」と評価しているようなもので、測り方を間違えると投資判断がゆがみます。
エージェント型AIの本質は、個々の作業の代替ではなく、組織設計の「単位」を再定義することだと考えています。近代工業文明における企業は「業務を人に割り当てる」ことを設計の起点にしてきましたが、エージェントの時代はまず業務をAIに割り当て、人の関与点を後から設計することになります。この順序の逆転が、企業における文明の転換の表れの一つだと私は受け止めています。
経営者が認識すべき本質を一つに絞るなら、「AIは労働を代替する以上に、管理を代替する」ということです。近代企業が最も多くの人とコストを割いてきたのは、計画・監視・集約・報告といった管理機能でした。AIの主戦場はまさにそこです。ですから、AIは「効率化ツール」とする認識は、射程が短いだけではなく、標的そのものを外しています。私どもは、この転換を「業務の自律化」「人材の再配置」「人の価値の再定義」という3つの波でとらえていますが、多くの企業はまだ第1波の入り口におり、しかもその第1波を古い物差しで測っている段階です。
國領:私は「アーキテクチャー」という言葉をよく使うのですが、社会や産業、企業組織などを一つのシステムとして構造的にとらえる時に、システムを部分に分けていきながら、部分間の役割と連携を分析し、それがどう変化するのかという視点で考えます。サイバー文明の中核的技術であるデジタル技術がもたらすインパクトを考える時にも、この視点が役に立ちます。
わかりやすい例で言えば、ソフトウェアプログラムをAIが書くようになると、多重下請け構造のシステム開発はどう変わるのか。創薬の世界であれば、大学の基礎研究で発見したシーズを、創薬ベンチャーが実用化に近づけ、大手製薬企業が臨床開発と事業化を担う構造になっていますが、治験の手前まではAIの活用領域がどんどん広がり、産業構造が大きく変わる可能性があります。
同じようなことがさまざまな業界で起こりえるので、産業アーキテクチャーがどう変化するのかを問い続けながら、自社のポジションをどこに置くのかという意思決定を経営者がしなければなりません。ある産業の中で消滅する役割もあれば、新たな役割や産業セグメントが生まれることもあるわけですので、そういう視点で物事を考えることが大事だと思います。
嶋村:アーキテクチャーの視点を、AI前提での企業組織の再設計に当てはめると、組み替えの対象は3つの層に分かれます。一番上が組織構造そのものであるアーキテクチャーの層、真ん中が計画・予算・評価・会議体・権限規程といった「経営のOS」の層、一番下が業務プロセスの層です。一番下の層だけにAIを組み込むのは、言わば従来型BPRの延長にすぎず、3つの波で言えば第1波の入り口です。私は、経営のOSから手をつけるべきだと考えています。
近代企業のOSは、突き詰めれば「情報の収集・集約コストが高い」という前提で設計されたものです。年度予算も、階層を遡る報告も、月例会議も、情報の流通コストが高かった時代の流通網であり、デジタル技術がこのコストを下げ続け、AIが制約そのものを外しました。制約が消えたのに、古いOSを残したまま組織やプロセスだけを組み替えても、変革の揺り戻しが起きます。「組織は戦略に従う」といわれますが、デジタル変革について言えば、組織はOSに従います。
最初の一手を絞るなら、予算制度です。年度予算は工業文明のOSの凝縮です。1年に一度、機能別に経営資源を配分し、計画との差異で人を管理する。これを「リアルタイムの状態把握と、適時の資源再配分」に置き替えると、会議体も評価も権限規程も連鎖的に変わります。逆に言えば、人が年に一度予算を編成している限り、その会社はAI前提の経営にはなっていないということです。
國領先生は、データを中心に据えて組織を解体・再編する必要性を指摘されてきましたが、経営実務の言葉に翻訳すれば、組織図を描く前に、データのアーキテクチャーを組織の上位に置く。どの判断が、どのデータを用いて、どういう頻度で行われるのかを先に設計し、組織の形はその従属変数にする。この順序の転換が「AI前提の再設計」の核心だと思います。
企業の管理部門は消滅し共同体としての機能は残る
嶋村:そもそもコーポレート部門がなぜ存在してきたかといえば、「稀少な専門知の規模の経済」です。経理や人事の専門知は稀少で高価だったから、束ねて全社で共有することが合理的でした。AIは専門知へのアクセスコストをほぼゼロにし、この規模の経済を壊します。つまり管理部門の解体は、社内の権限争いの結果ではなく、経済合理性の帰結として起きるのです。私どもが、FP&A(財務計画・分析)や経営管理機能の2030年の姿を検討した際の結論は、AIは人間が担ってきた計画業務のサイクルそのものを消滅させ、FP&Aや経営管理を独立して行う組織はなくなるというものでした。人が担う機能として残るのは、次の3つだけです。
第1は、社外への説明責任の主体。決算、情報開示、法的コミットメントは、名前を持つ人間にしか担えません。第2に、資源配分の意思決定。第3に、データとAIのガバナンスです。つまりコーポレートは「機能の束」から、「薄い統治カーネル(OSの中核プログラム)+全社が使うAIユーティリティ(共用インフラ)」へと姿を変えるというのが私どもの見立てです。
そのうえで、國領先生が提唱されてきた「情報の経済」の時代に適したオープン・アーキテクチャー戦略——外部と協働するオープンなビジネスモデルへの転換——の視座に立つと、管理機能を産業ユーティリティとして企業の枠を超えて共有するところまで進む可能性すらあるのではないでしょうか。

アビームコンサルティング
執行役員 プリンシパル
執行役員 プリンシパル 財務戦略・構造改革 戦略ユニット長。外資系総合コンサルティングファーム等を経て、アビームコンサルティングに参画。15年間戦略コンサルタントとして勤務した後、会計系コンサルティングファームにて海外対応部門のリードを務め、2022年にアビームコンサルティングへ再入社。事業戦略、ターンアラウンドから、新規事業立案支援、構想策定と幅広い企業変革・事業変革のプロジェクトを経験。特に日系企業の海外事業戦略・海外展開支援を専門として多数のプロジェクトを成功へ導く。専門業界として特に鉄鋼流通、自動車(製造業)に強みを持つ。
國領:私はいま、トラストとかアイデンティティ(ID)に強い関心を持っています。
たとえば、アマゾン・ドットコムがなぜあれだけ消費者に支持されているかを考えてみましょう。出版社や消費財メーカーは、自社でeコマースの機能を持っているケースも少なくありません。本や商品をウェブ検索すれば、どこで購入できるかすぐにわかります。それなのに、なぜアマゾンを使うかというと、納期の信頼性、決済の安全性、しっかりとしたID管理といった「トラスト」があることが大きな理由だと思います。
私がいま群馬県前橋市で取り組んでいるプロジェクトの一つに、地域コミュニティにおける分散型電源のシェアがあります。EV(電気自動車)と住宅を専用機器でつないで、ある家で電気が余っている時にEVを充電し、電気が足りない家があれば供給する。つまり、地域全体の分散型電源を束ねて制御し、コミュニティの中で融通し合う仕組みをつくろうとしています。省エネにつながりますし、災害時のレジリエンスも高まります。
この話の大前提は、共同体の利害が一致し、信頼が確立されていることです。仮に私が電気を無駄使いして、嶋村さんが損をする構造だと、電気の分け合いは成立しません。地域の電力網に不正にアクセスして電気を使う人がいてもいけないので、信頼を担保する技術的な基盤が必要です。
嶋村さんのご質問に話を戻すと、おっしゃるように何らかの管理機能を企業間で共有することはあるかもしれません。ただ、利害や目的が合致している共同体としての企業組織の役割は引き続き残るのではないでしょうか。たとえば、すごくバリューのあるナレッジを生み出し、それを蓄積し、共有するユニットとしての組織といったものです。
信頼不在で生じるコストと信頼を「富」に変える戦略
嶋村:分散型電源の分け合いは、「持ち寄り経済」の具体例の一つだと思いますが、それを産業レベルで実装していくには、自社の持つデータをどこまでオープンにするかというオープン&クローズ戦略が絡んできます。
ヨーロッパの自動車産業には、サプライチェーン全体でデータを共有・連携するプラットフォームとしてCatena-X(カテナエックス)という実例があります。環境規制への対応として、二酸化炭素排出量やリサイクル状況を追跡可能にするための仕組みで、競合同士がデータを持ち寄っています。
私が示唆的だと思うのは、そこで共有されているのが、言わば「文法」(データの標準、来歴、単位)であって、「散文」(各社の取引判断や原価構造そのもの)ではないということです。オープン&クローズの線引きの原則は、ここにあると考えています。つまり、集積するほど価値が増し、かつ自社単独ではネットワークを独占できない領域はオープンに、自社固有の判断と結び付いたデータはクローズにするということです。
國領:デジタルデータにはネットワーク外部性が働くので、集積され、他のデータと組み合わさるほど価値が高まります。孤立しているデータは価値が低い。これが『オープン・アーキテクチャ戦略』を書いた時の一番のメッセージです。
ただ、各企業や個人のインセンティブを考えると、みんながデータをオープンにするわけではありません。特に日本では出したほうがいいデータであっても出さない傾向が強いと感じます。もちろん、個人情報保護や安全保障の観点からクローズにしなければならないデータはありますが、アクセス可能な情報が増えるほど、基本的に企業は儲かります。そして、アクセスが許されるには「信頼」が必要であり、信頼が富に変わるのです。
嶋村:私がよく知るある業界は、流通在庫の可視性が業界全体で欠けているために、各社が重複在庫という見えないコストを払い続けています。データを持ち寄ればみんなの運転資本が軽くなるとわかっていながら、信頼を担保する仕組みがないためにデータの囲い込みが続いています。信頼不在のコストは、損益計算書には出てきませんが、莫大です。
日本企業の信頼性は高く、それは貴重な資産です。ただ、その資産が十分に活用されているかというと、疑問符をつけざるをえません。それは、まだ「閉じた信頼」であり、系列外や業界外、海外といった外に「開かれた信頼」にまでなっていないからです。
どれだけ独自性の高いデータを持っていても、それを囲い込んでいる限り価値が大きく高まることはありません。競争優位の源泉は、データの「保有」から、データの「鮮度」「検証可能性」そして「接続権」へと移っています。信頼という資産を富に変えるには、データの鮮度、検証可能性、接続権を担保する仕組みを構築し、「開かれた信頼」へと昇華できるかが勝負の分かれ目です。
國領:私は日本の信頼性を、攻めの道具に使えるチャンスが到来していると思っています。AIの開発ではアメリカと中国が圧倒的に世界をリードしていますが、他の国々では、データを管理する仕組みの設計や運用は自国主導で行いたいというデータ主権の意識がすごく高まっています。
フロンティアAIの開発でこれから米中にキャッチアップするのは大変ですが、データマネジメントに必須となるID管理とトラストを担保する技術については、本格的な勝負はこれからです。技術面以外にも、日本であれば自国に都合のいいようにルールを変えたりすることはないだろうし、自社利益優先でデータを勝手に使うことはないだろうという信頼があるのではないでしょうか。
信頼が富に変わる例として、一番わかりやすいのはファイナンスです。信頼できる相手に融資したり、投資したりすることを人類はずっと続けてきました。企業間の取引データや各社の生産・在庫のデータなどがオープンになるほど、信頼を技術的に担保できるようになり、新しいサプライチェーンファイナンスの手法が確立されると思います。そういうフィンテックの仕組みが、これからたくさん出てくるはずです。そういう意味でも、信頼は富になるのです。
「AIか人か」ではなく現場力とAIの二刀流
嶋村:日本企業はいま、人とAIの最適な役割分担、そして経験知の継承という課題に向き合っています。この課題に対して、「人かAIか」という二者択一の問いを立てると道を誤ります。タスクの単位までブレークダウンしてみれば、第三の道が見えてきます。それは、AIを活用した「経験の圧縮と前倒し」です。我々が若手だった頃に10年かけて獲得した判断経験のかなりの部分は、AIの出力を大量に検証し、実際の結果と突き合わせるプロセスによって、高速に合成できるようになります。パイロットが、実機では一生涯遭遇しないような緊急事態を、シミュレーターで数百回経験してから操縦桿を握るのと同じことです。AIは人から経験の機会を奪う装置であると同時に、経験知を合成する装置でもある。ここを見落とすと、悲観論に傾きます。
ただし、修羅場でこそ培われる経験知をシミュレーターで身につけることはできません。修羅場を経験する場は、人材への投資として意図的に残す必要があります。効率性最優先ですべてをAIに委ねた企業は、10年後に意思決定者の空洞化を招くことになります。
経験を圧縮できるタスクでは、AIを活用して、人に高速に経験を積ませる。一方、いざという時の判断力を磨くために修羅場を経験させる。そして、経験知を減価償却していく資産と見なし、更新投資を経営計画に盛り込む。ここまでやれば、現場力とAIの二刀流が、日本企業の競争力になりえます。
國領:教育の現場でよく議論になるのは、デジタル系学部の学生に、プログラミング教育をどこまで行うかということです。ほんの数年前までは、プログラミング人材が何十万人も足りないという議論をしていましたが、AIがプログラマーの仕事を代替しつつあります。学生には何度かプログラムを書かせて、基本的なルールや手順が理解できたら、AIをどんどん使わせたほうがいいというのが大方の意見が一致するところです。
今後、社会で求められる人材像を考えると、一つには問題をきちんと定義できる人。注文通りのものをつくるのではなく、問題の本質は何で、それを解消するにはどんな仕組みをつくらなければならないのか。利害関係者の合意形成も含めて、それを遂行できる人。そういう人材はAIに取って代わられることはないと思います。
もう一つ、AIにできないのは責任の伴う判断、意思決定を行うことです。判断だけならできますが、その結果に対して責任を取ることは人間にしかできません。いまの日本の教育体系は、問題を定義する能力、責任を伴う意思決定を行う能力を培うことを想定したものではないので、我々教育者が今後果たすべき責任は大きいと自覚しています。
嶋村:明治初期に海外に出て近代文明を肌で感じ、多くの知識を持ち帰った若者たちが日本の変革をリードしました。いま我々が文明の転換期にあるとするなら、企業の経営者は、エース級の人材にAIによる変革をリードさせるべきです。それができる企業とできない企業には、5年後に埋めがたい差が生じていると思います。
企画・制作|ダイヤモンドクォータリー編集部
構成・まとめ|田原 寛 撮影|鈴木愛子 イラスト|宇那木孝俊
アビームコンサルティング株式会社
〒104-0028 東京都中央区八重洲2-2-1 東京ミッドタウン八重洲 八重洲セントラルタワー
https://www.abeam.com/jp/ja/
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