最重要のライフラインの一つとして、わが国では公営で始まった上下水道システムだが、世界ではビジネスとして捉えられている。安心・安全な水を各所に届け、排水を回収して、環境負荷をかけずに自然に返す。このサイクルを持続させ、生活環境の向上と経済成長をサポートするビジネスである。新興国がインフラ整備を進める一方で、先進国は設備老朽化に直面。水ビジネスは新たな局面を迎えている。

「水のように使う」などという慣用句があるように、わが国にとって水はあたり前のものだ。上水道は簡易水道も含めるとほぼ全国に行き渡り、下水道処理人口普及率も約8割に達する。長年にわたって蓄積された上下水道整備のノウハウは卓越しており、今後の展開を要する国々に技術を移転することが求められている。水ビジネスが注目されるゆえんだ。

国内の緊急課題は
下水道施設の老朽化

東京大学大学院工学系研究科
工学博士 滝沢 智 教授

1959年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了後、長岡技術科学大学建設系助手、建設省(当時)土木研究所下水道部研究員などを経て、2006年より現職。水システム国際化研究会座長、下水道施設の運営におけるPPP/PFIの活用に関する検討会座長、下水道経営サポート検討会座長など多数の委員会でも活躍する。

 一方、国内に目を転じると、施設の老朽化が課題となっている。中でも深刻なのが下水道の下水管の劣化だ。

 わが国の下水道は、東京都はじめ都市部から整備がスタートし、高度成長期を経て急拡大した。当時の下水管はコンクリート製が一般的だ。その耐用年数は50年程度と想定されてきたが、それ以上に劣化が進んでいる箇所が発見されているのである。下水道管の破損が原因の道路陥没が、2012年度には全国で約3900件も発生している(国土交通省調べ)。

 コンクリート管劣化の主な原因は、硫化水素の発生である。ポンプで水を送る上水道とは異なり、下水道では水が高いところから低いところへ流れるのに任せて処理場まで下水管路が続く。このため、河川の下を通す伏せ越しの部分やビルのピットなど、水の滞留が起こる部分で硫化水素が発生しやすく、硫化水素が下水管中で酸化されて硫酸となることでコンクリートの腐食を招く。

「ある都市では、下水道管路の総延長の約40%が、敷設後30年を超えています。その約1割はすでに補修を終えていますが、要補修箇所は3割近くで、いまだ作業が追い付いていません。年月を経るに従って要補修箇所は増えると考えられ、50年の寿命の想定が崩れる事態になっています」と語るのは、東京大学の滝沢智教授だ。

「まるで終わりのないゲーム」と滝沢教授が形容する深刻な現状を打破する決め手が、流路管の長寿命化である。酸による腐食に弱いコンクリート管に代えて、酸に強い塩ビ管を採用するなどして、補修とともに想定寿命を延長するわけだ。例えば東京都では、下水道管の耐用年数を100年に延長することを目指すとしている。「下水道は整備の時代を終え、補修・維持管理の時代に入ったといえます」。