医療データは「そこにある」
活用すれば未来を予知できる

遠藤 医療の課題はまさしく情報の課題ですが、情報がないことが問題なのではありません。むしろ情報はあふれるほどある。病院やクリニックにはカルテ、検査結果、処方箋、レントゲン写真などの高精細な画像データが保管され、保健所、薬局、学校などにも多様な形で膨大なデータが蓄積されています。
 ところが、一般の人が自分の医療情報を集めるのは容易ではありません。医療情報は、患者本人を素通りしてやりとりされ、医療機関ごとに保管されていますが、それらを統合し、解析するテクノロジーはすでにあるのです。ITを活用すれば、対象地域における疾病の罹患率、発生率、活動度の分布、要介護度の分布などの静態と動態、QOL(生活の質)や生活機能など個人レベルの指標の測定、継続的なデータ分析なども今すぐできます。


 それなのに、現実にはできない。なぜなら、個人情報のセキュリティの問題や診療情報の二次的活用に関する規制があり、複雑な合意形成が必要となるからです。問題は、その戦略とデザインをリードする主体がはっきりしないことです。そのため、過去膨大なデータが処分されてきました。これは大きな損失です。データベースをはじめとしたITのビジネスをしている者から見ると、もったいなくて仕方ありません。
 自分の生命や健康にまつわる大切な情報が勝手に捨てられ、それを知るすべがないという現実を認識すれば、日本の医療の発展にITが大きく貢献することの意味を理解できるはずです。

川上 確かに、医療サービスを利用する立場から、自分自身の問題として医療情報の適正な共有の仕方、連携のあり方を考えることは重要ですね。例えば同じ疾患でも症状の出方やつらさは個々人で異なりますし、がんにしても部位により種類が違います。こうした個人の医療情報を病院間で共有し、それらを有機的に結び付けた個別化医療を行う上でも、ITは不可欠です。
 さらに、遺伝子情報のような医療ビッグデータの活用も猛スピードで進化しています。先ごろ、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが、遺伝子情報に基づき、発症前ながら両乳房を切除するという選択をしました。今は衝撃的なニュースとして受け止められる行動ですが、遺伝情報の蓄積が進み、そういったデータが社会のインフラとして活用できれば、こうした意思決定は普通になるかもしれません。

遠藤 まさしく、ビッグデータ活用による変革ですね。言い換えれば、過去の埋もれたデータをどう活用するかという話です。今の時代、ほとんどのデバイスにコンピュータが入っていて、データは街にあふれている。「そこにある」データが事業機会を生むのです。
 例えば、治験データの活用では、すべての患者さんの遺伝子情報、病歴の情報を集約・解析し、一元管理することで、新薬開発の可能性や病気になる前に原因に対処するような予防医学につなげることができると思います。生命にはまだまだ解明できていない未知の領域がたくさんあります。だからこそ「そこにある」データを帰納的に活用して、過去に何が起きたか、現在何が起きつつあるかを知り、将来何が起こり得るかを予知することが重要なのです。

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