企業が事業を拡大していくためには、新規取引先の開拓が不可欠になる。ただし、新規取引先の経営実態を見誤り、債権未回収ともなったら元も子もない。企業から債権回収について数多くの相談を受けている弁護士の田沢剛氏は、得意先と安心して継続的な取引を行うならば、事前の信用調査が何より有効だと説く。取引開始の心得、取引中の契約書類の管理について探る。
田沢 剛氏
――新規取引先に対する信用調査には、どのような方法があるのでしょうか。
田沢 紹介者や他の取引先などの評判を聞くことに始まり、商業登記簿謄本、本社の不動産登記簿謄本、代表取締役の自宅不動産の登記簿謄本などを取得した調査、専門的な信用調査会社を利用した調査などがあります。これにより、取引枠の設定判断もより適正なものになります。
本社の不動産登記簿謄本のみならず、代表取締役の自宅不動産の登記簿謄本を取得するのは、取引先が金融機関ないし金融業者から融資を受ける場合は、代表取締役が連帯保証人になることが一般的であり、自宅不動産も担保提供している可能性があるからです。もしも、そこで信用力が乏しいと判断される場合、掛け売りを避け、納入時の即時現金決済や代金前払いの取引方法を検討しなければなりません。
――事前調査により取引開始が決定した場合、他には、どんなことが必要でしょうか。
田沢 事前調査により取引開始が決定した場合、取引ルールを決めて書面化することは極めて重要なことです。口頭契約は、「言った」「言わない」の水掛け論になり、簡単にほごにされてしまいかねません。特に継続取引になる場合は、取引基本契約書といった包括的な契約書を作成しておき、リスクを回避しながら取引ごとに契約書を作成する手間を省きます。
取引基本契約書には、取引方法、代金支払い方法や期限、代金支払いを怠った場合のペナルティなどを定めておきます。代金支払いを怠った場合、支払期限翌日から年何パーセントの遅延損害金を別途支払うものとするなどと定めておけば、支払期限を順守させる効果が期待できます。実際、代金支払いが滞った場合も取引基本契約書の存在が有力証拠となります。売掛金を確実に保全するため、別途担保を設定しておくことも検討すべきです。一般的な担保の設定方法は、代表取締役に売掛金その他の債権の連帯保証人になってもらうことです。
――なぜ、代表取締役に売掛金その他の債権の連帯保証人になってもらうのですか。
田沢 企業に支払い能力がなくなったとしても、個人責任を追及することが可能となるからです。ただし、個人の連帯保証制度は、将来的に法律を見直すことが検討されているため注意を要します。
自社が優れた技術を有し、先方がどうしても取引を希望しているといった有利な立場にあれば、相手方に信用情報を定期的に提供させる旨を取引基本契約書に盛り込み、信用状態に対する不安が生じた場合、取引を打ち切ることができます。こうした内容を取引基本契約書に盛り込むことで、安心して取引を開始することができます。具体的な内容については、弁護士などの専門家に相談した上で詰めていくとよいでしょう。
弁護士報酬は、事務所ごとに報酬基準が定められていますが、かつて日本弁護士連合会で定められていた弁護士報酬基準を前提にしますと、法律相談は30分ごとに5250~2万6250円が目安となります。さらに契約書類、およびこれに準ずる書類の作成を弁護士に依頼した場合、依頼者側の経済的利益の額に応じて定まります。取引期間が将来にわたる継続的なもので不定の場合、7年分の額を経済的利益の額とし、取引額が毎月100万円程度になると、経済的利益の額は8400万円となります。よって、定型的な契約書であれば21万円程度で済むところ、非定型的な契約書ということになると、95万円程度の弁護士費用が見込まれることになります。