アップルも元々はハードメーカー
ソフトで稼ぎハードに投資する業態へ

 当時は、現在のようにモジュール化が進んでおらず、自作のPCが主流の時代だ。市場は、どの企業も一発当てることが可能なカオスのような状態だった。「ウォズの魔法使い」と呼ばれていた天才エンジニアのウォズニアックが、大幅な処理能力の向上と外部ディスプレイへのカラー表示、さらに内部拡張スロット、内蔵キーボード、データ記録用カセットレコーダの搭載などを実現した、当時としては画期的な「AppleⅡ」を開発し、これが爆発的なヒットを記録した。ジョブズは20歳前半の若さで、一躍時の人となった。

 その後、ジョブズはゼロックスのパロアルト研究所を訪れ、そこでGUIとマウス操作の原型に出会う。この技術に感銘を受けたジョブズは、当時アップル社内で開発が進んでいた「Lisa」に同様の機能を搭載するよう働きかける。我々が普通に使用しているアイコンやマウス操作のルーツは、ここに辿ることができる。

 この頃から、アップル社内には、モノづくり企業としてのDNAだけではなく、ソフト系のDNAも育ちつつあった。そして、この両輪のバランスがアップルの強さの秘密となっていく。

 アップルは、「iPod + iTunes」という「モノ+ソフト」の新しい事業モデルの先がけとなったが、それは同社の生い立ちからして自然と言えば自然の流れであったかもしれない。ジョブズという俯瞰的に事業を眺めることができる経営者と、ハードとソフトの両輪をつくり込める開発陣が備わっていたのだから。

 結果として、アップルはiPodというモノづくり企業としての顔だけではなく、iTunesというサービス・IT企業としての顔をミックスした「市場創出型企業」へと変化していった。

 アップルは「市場創出型企業」となったことによって、社内のキャッシュフロー構造が異なってきた。連載第12回で触れたのでここでは手短に説明するが、ハードで稼ぎハードに投資していたキャッシュフロー構造から、iTunesなどのソフトで稼ぎハードに投資するようになった。

 競合だったソニーをはじめ、他社はハードで得た利益をハードに投資しているので、常にゆとりのない開発を強いられる。ソニーとアップルを同様の製品で比較した場合、開発スタッフ数が5名に対して200名だったケースがあったという情報もある。他社よりも潤沢な開発資金をフルに活用することで、高品質なハードづくりを実現している。iPhoneなどのアップル製品が意外に壊れにくい理由は、このあたりもポイントになっている。

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IBMとの提携で、アップルのキャッシュフローとDNAは崩壊?

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