ビッグデータ時代を迎え、顧客行動を企業活動の各プロセスに反映する動きが進化している。マーケティングの役割は、より重要になっているわけだが、その活動は販売や調査など狭義に捉えられており極めて限定的だ。要するに、「顧客は二の次」なのである。それが戦略経営を脆弱なものにしているのではないか。日本のマーケティング研究の第一人者である早稲田大学商学学術院の恩藏直人教授は、企業経営者は今こそマーケティング・コンセプトの原点に立ち返るべきだと言う。
マーケティングは
販売や調査だけではない
恩藏 直人 氏
神奈川県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、同大学大学院商学研究科へ進学。同大学商学部専任講師、同助教授を経て、1996年教授に就任。商学部長、商学学術院長などを歴任。専門はマーケティング戦略。著作に『コモディティ化市場のマーケティング論理』(有斐閣)、『競争優位のブランド戦略』(日本経済新聞出版社)、『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』(監修、丸善出版)『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』(共著、丸善出版)など多数。
「マーケティング」という言葉を聞かない日はない。その重要性があらためて見直されているはずなのだが、「『マーケティング』の意味を正しく理解している企業経営者やビジネスパーソンは少ない」と早稲田大学商学学術院の恩藏直人教授は指摘する。
恩藏教授によれば、マーケティングを販売や調査といった狭い領域で捉えている人が多いという。
「マーケティングと販売は異なります。これを今から50年以上も前に指摘したのが、マーケティング学者のセオドア・レビットです」
レビットは1925年ドイツに生まれ、ナチスの勃興とともに米国へ移住。一貫して教職に携わったが、特にハーバード・ビジネス・スクールで長く教壇に立った。
「レビットは、戦略経営の時代に先駆け多くのマーケティング・コンセプトを発表しています。中でも60年に発表した論文『Marketing Myopia(マーケティング近視眼)』は、マーケティングの原点ともいえる優れた古典です。マーケティングを学ぶ学生はもちろん、これに携わる人はほぼ例外なく読んでおり、経営の本質を理解する上で非常に役に立ちます」。
恩藏教授が挙げる論文において、レビットはマーケティングと販売の違いについて以下のように述べている。
マーケティングと販売は、字義以上に大きく異なる。販売は売り手のニーズに、マーケティングは買い手のニーズに重点が置かれている。販売は製品をキャッシュに替えたい、という売り手のニーズが中心だが、マーケティングは製品を創造し、配送し、最終的に消費させることによって、顧客のニーズを満足させようというアイデアが中心である。(「ハーバード・ビジネス・レビュー」1960年7―8月号より、以下同)