50年以上前から
マーケティングの本質は
変わっていない
「『マーケティング近視眼』という彼の思想は、当時としてはかなり斬新なものでした」と恩藏教授は言う。
この思想を説明するにあたっては、鉄道会社と映画会社の例えが分かりやすい。鉄道会社が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではないし、自動車や航空機などに顧客を奪われたからでもないという。自社の事業を、輸送事業と考えるべきであったのに、製品である鉄道を中心に据え、鉄道事業と考えていたことが原因という訳だ。同様に考えると、映画会社が危機に陥ったのも、テレビの発達によるわけではない。映画産業をエンタテインメント産業と考えるべきだったのに、映画を制作する産業だと考えていたことが原因としている。
栄枯盛衰の激しい現在なら、同じようなことを主張できる人もいるだろう。しかし当時、誰もが永久に成長すると疑わなかった巨大な産業の行く末を予見できた人は少ない。恩藏教授によれば、石油産業の将来性を語るにあたっても、レビットは太陽エネルギーやバッテリー、燃料電池にまで言及していたという。
つまりマーケティングの本質は、レビットが活躍した60 年代から現在に至るまで、何ら変わっていないということを意味している。
マーケティングとは
企業経営そのもの
いまや多くの企業が「製品中心ではなく、顧客中心でビジネスを考える」と言う。この考え方はレビットの提唱によって広まった。
産業活動とは、製品を生産するプロセスではなく、顧客を満足させるプロセスであることを、すべてのビジネスマンは理解しなければならない。顧客とそのニーズから始まるのであって、特許や原材料、販売技法からではない。
「論文では、自動車の大量生産に成功したフォード社の例が紹介されています。フォードはその組み立てラインによってコストが下がったので、たくさんの車が売れたと言われます。だが事実は、低価格にすれば何百万台も売れるであろうと考えたので、それを可能にする組み立てラインを発明したのだという話です」
コストを積み上げて価格を決めるという通常の方法ではなく、まず価格を低く設定し、それで経営が成り立つよう、全員が最も効率よく働かざるを得なくなるようにしたのである。
「『ヘンリー・フォードはマーケティングを第一に考えていた』とレビットは表現しています。フォード自身の経営哲学をうかがい知ることもできます」
そのためにはCEO自身がどこへ進みたいのかを正確にわかっていなければならないし、企業全体が進むべき目標を十分に理解するよう、努めなければならない。これこそがリーダーシップの第一条件である。
「あらためて彼の論文を読んでみると、今でもまったく色あせていません。それどころか、マーケティングは経営者の視点そのものであることを教えてくれます」と恩藏教授が話すように、企業経営者は、環境変化が非連続かつ不透明な今こそ、レビットが示した「マーケティングの本質」に基づき事業戦略の根本を自問自答すべきではないだろうか。