現場で顧客を見てその考えを洞察する

 では、分析で見えないものを、見えるようにするにはどうすべきか。深野氏は、以前に従事した化粧品メーカーでのマーケティングプランナーとしての経験を振り返りながら「重要なのは洞察力です」と指摘する。

 既存顧客のライフタイムバリュー向上、新規顧客の獲得―という二つの使命を受け、ECサイトのリニューアルに取りかかった深野氏は、新規顧客獲得から検討を始めた。化粧品という商品の性質上、新規顧客は、他社製品からスイッチしてもらわなければならず、ハードルが高いからだ。

 この会社の主力商品は、化粧水、乳液、美容液などの機能を一つにまとめ、スキンケアを簡単にするオールインワンタイプのアクアコラーゲンゲル。「これひとつでO.K.」という利便性を強みにしていたが、深野氏は、その強みがかえって新規顧客にとっての不安の種となる可能性を考えた。その点をアンケートの質問項目に入れると、予想を裏付ける結果が出てきた。

 手元にある定量的データを分析するだけでなく、定性的な側面から洞察し、仮説を立てて検証する。このサイクルを回すことで、マーケティングプランの精度を高めていく。深野氏は「膨大なビッグデータから、いきなり有用な分析結果を引き出すのは『広大な海から、狙った魚を一本釣りするようなもの』と言われます。まず洞察して仮説を立てることが大切です」と話す。

 ただ、優れた洞察をするには、本質に迫ろうという意思と努力の積み重ねが必要だ。「御社の顧客はどんな方ですか」と問われ、年齢や年収の層を答える企業は多いだろう。だが、自社の商品やサービスの購買情報を通して見る顧客層という概念だけで顧客を捉えることで、顧客が、何を思い、どんなライフスタイルを送っているのか、といった重要な部分を見えなくすることはないだろうか。

 深野氏は、百貨店に入っている化粧品会社の直営店舗や、ドラッグストアの現場に立って、その製品を買う人、買わずに立ち去る人が、どのような様子で、何を考えているかを観察した。「特に、男性になじみの少ない女性用商材では、そのお客様を自分の目で見て、リアルに、アナログ的に理解すべきです」と言う。そこに、なぜ自社の製品は売れるのか、強みは何か、といったインサイトを加味すれば、結論は見えてくる。

クリエーティブなカタチに落とし込む

 化粧品会社の既存顧客が買う理由、新規顧客が買わない理由がともに「これひとつでO.K.」というメッセージにある、ことが見えてきた。では、既存顧客に違和感を覚えさせず、新規顧客の不安を取り除くには、どういうマーケティングプランを立てればいいのか。

 深野氏は、結論を「これひとつだからいいんです!」というコピーに落とし込み、このコピーを基に、Webサイトのリニューアルを進めた。「マーケティングの仕事は、洞察と検証で得た結論を、いかにクリエーティブに落とし込むか、にかかっています。マーケターはアナリストではなく、クリエーターの意識を持つべきです」と深野氏は語る。

 深野氏の場合は、コピーだったが、絵や写真といったグラフィックに落とし込む方法もある。ある洋酒メーカーは、最初に、いつ、どこで、どんな人が、どんなつまみで、そのお酒を飲むのか、を一枚の画像にまとめ、そのシーンに

沿ってプロモーションを展開する手法で知られている。

 「当社の最終的なアウトプットは、Webサイト制作など、デジタル領域が中心です。しかし、提案は、商品やサービスをきちんと定義することに始まり、メディアの機能、デザインを考えます」。顧客が買う理由を一から見つめることが、データ分析にとどまらず、役に立つマーケティングプランに通じるのだ。

[制作/ダイヤモンド社 クロスメディア事業局]