日本と世界で大きく違う
「国有化」の意味

米倉誠一郎(よねくら・せいいちろう) 一橋大学イノベーション研究センター教授 1953年東京都生まれ。一橋大学社会学部、経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学歴史学博士号取得(PhD.)。1995年一橋大学商学部産業経営研究所教授、97年より同大学イノベーション研究センター教授。2012年よりプレトリア大学ビジネススクール日本研究センター所長。長年、イノベーションを核とした企業戦略、組織の歴史を研究。NPOなどの非営利組織のアドバイザーも歴任。また、バングラデシュや南アフリカをはじめとする途上国事情に精通し、積極的にビジネス/人材交流プロジェクトを推進。著書に『創発的破壊』(ミシマ社)、『企業家の条件』(ダイヤモンド社)など多数。次世代リーダー育成プロジェクト「世界を変える100人になろう」の塾長も務める。

米倉 では次に、日中間の直近課題である「尖閣諸島問題」についてお聞きします。日中国交正常化交渉当時、鄧小平氏が「この問題は難しい問題だ」と言って先送りしたことを、それから40年経って、石原都知事が東京都による購入計画を表明。ある意味それを阻止する形で、最終的には野田首相が政府による国有化を実施しました。しかし、この「国有化」という言葉は、日本と中国では意味が大きく違うように思いますが、いかがでしょうか?

工藤 実は昨年の世論調査、つまり尖閣諸島国有化後の調査で、さらに驚くべき結果が出ました。それは、軍国主義を上回る、「日本は覇権主義だ」というもの。つまり、中国国民は「日本は力で島を取った」と感じているのです。この原因の一つは、かつての国交正常化プロセスが秘密外交だったことにあります。

 そもそも外交というものは、総じて秘密主義であることが多いのですが、なぜならそれは世論が怖いから。それゆえに、それぞれの国民に伝えやすい文脈で合意内容を発表してしまう。それはこの尖閣問題も同じで、多くの中国国民は当時の状況を知らないし、その状況が現状維持されていることも知らないのです。ただし、それは日本国民も同じ。その意味では、外交のあり方そのものが問われ始めていると言えます。国民や市民がきちんと理解できる外交——そういうステージに来ているのです。

加藤 日中間において、広義での交流は確実に増えてきています。しかし、ここからは量より「質」。その質が圧倒的に不足している結果生まれたのが、尖閣諸島問題です。ちょうど2年前、僕がアメリカに渡って1週間経ったときに、日本政府が国有化をしました。このとき、『ニューヨーク・タイムズ』も『ワシントン・ポスト』も、日本が国有化したことを「nationalized」という言葉を使って報道していました。このnationalizeという言葉に対し、「もともと自分のものではなかったものを、現状変更して取りにいく」という“印象”をアメリカ国民にも、中国国民も持ったのです。

 こうした状況を目の当たりにして僕が感じたのは、日本政府のリスクマネジメント欠如です。少なくとも、「野田首相が胡錦濤国家主席と会った翌日に国有化を閣議決定するというタイミング」「国有化という言葉が独り歩きするリスク」が引き起こす後遺症を、識者や民間の知恵を運用したうえでどれだけ事前に分析し、その後起こりえるシナリオとその対策を用意していたか。政府だけでなく、民間人も加わったうえでの綿密な検証作業が必要だと考えます。

 同じようなクライシスが起きないようにするために必要なのが、「良質な対話」だと思います。国有化の問題も含めて、相手が何を考えていて、どれだけ自分たちと違うのかを、もっともっと知り、考え、伝えていかなければならない。国民国家としての日中対話という意味で言えば、まさにこれからが勝負なんです。