地震予知は難しいが、津波予測の精度は東日本大震災を契機に飛躍的に向上した。しかし土木工学の専門家は、国民の命を守るために解決すべき課題も多いと言う。その中で、地震・津波に備える施設として、自走式立体駐車場は注目に値する建築物だ。
早稲田大学名誉教授
工学博士
1943年神奈川県生まれ。早稲田大学理工学部土木工学科卒業。東京大学大学院工学研究科修士課程修了。大成建設を経て、東海大学教授、早稲田大学教授を歴任。2014年より現職およびアジア防災センターセンター長。専門は地震防災工学。著書に『液状化の脅威』(岩波書店)など。
マグニチュード9.0という巨大地震が大きな被害をもたらした東日本大震災では、想定外の大津波が東日本太平洋沿岸の市町村を襲った。国がまとめた資料によると、浸水面積は561平方キロメートル、浸水域内人口約62万人、死者・行方不明者約1万8000人、全壊した建物約13万400棟だった。津波の高さは気象庁の津波観測施設では、福島県相馬で9.3メートル以上、宮城県石巻市鮎川で8.6メートル以上と非常に高く、その後の調査では10メートルを超える津波の痕跡も確認している。
津波の被害が大きくなった原因の一つは、津波予測技術の遅れにあった。当時は平面的な津波伝播・遡上計算が中心で、3次元計算が難しかった。
「津波が海岸線に到達するまでの予測しかできず、東日本大震災では想定を超える大きな津波が防波堤・防潮堤を越えて陸上を遡上し、多くの人命を奪いました。日本近海でマグニチュード9.0という巨大地震が起こることも想定していなかった」と土木工学や地震工学が専門の濱田政則・早稲田大学名誉教授は自省する。
住民の命を守るために
立体駐車場を活用
では、今後30年間に70%の確率で起こると予想されている南海トラフ巨大地震では、どのような津波被害が想定されているのだろう。東日本大震災を踏まえた国の想定では、マグニチュード9.0または9.1の地震が起こり、浸水面積1015平方キロメートル、浸水域内人口約163万人、死者・行方不明者32万3000人、全壊建物被害238万6000棟。東日本大震災と比較すると浸水面積で1.8倍、浸水域内人口で2.6倍、死者・行方不明者数で17.9倍、建物被害18.3倍という想像を絶する規模になる。津波の高さも最大クラスで高知県土佐清水市34メートル、静岡県下田市33メートル、三重県志摩市26メートルに達し、5~6階建てビルをのみ込んでしまう。東京湾に守られている東京でも、中央区、江東区などは3メートル、京浜工業地帯や京葉工業地帯は3~5メートルの津波に襲われそうだ。
「津波の高さが20メートルを超すような地域では、社会基盤施設を守ることはまず不可能なので、人命だけは何としても守りたい。高知県では、現在、海岸線沿いに相当数の避難テラスを造って逃げ場を確保しようとしています。ただ、こうした施設は、近隣住民が普段から利用して避難場所として認識していることが重要です。そういう意味で、自走式立体駐車場のような施設は、避難場所として適していると思われます」
例えば郊外のスーパーは、平屋の建物に平面駐車場という造りが多いが、海岸に近いのであれば、立体駐車場に建て替えることで顧客の生命を守れる可能性が高まる。海岸沿いの工場施設なども、従業員用駐車場を立体駐車場にすることで避難施設に転用できる。
「そこに電気設備などを移設しておけば、ある程度の機能を維持することができるでしょう。また非常時には、近隣住民の避難施設として開放することも検討すべきです」